ときたま、花宮の言っていることが理解出来ないときがある。
 人の何倍も優れた頭を持つ彼のことを完全に理解しようなんて、おこがましいのかもしれないが。


 沈みかけの太陽の暖かなオレンジが足元を照らし、それが遠い空は、青が濃くなっている。後ろから、子供が独特の高い声で、カラスが鳴くからかーえろ、と節を付けていっているのが聞こえる。また、それとは別の方向から、お互いにふざけあっているのかきゃっきゃとはしゃぐ声も聞こえる。
 俺と花宮はあまり喋る方ではない。二人でいると、会話をするときよりも黙っているときの方が多い。原や山崎にとってその沈黙は堪えがたいものらしく、一緒に帰ると特に山崎が沈黙を作るまいと四苦八苦している。原は「よくあんなに黙っていられるよねー。きまずくないの?」と不思議そうに尋ねてきたが、俺にとっては別に気まずくもなんともない。むしろ心地のよいものだ。花宮も話さないということは、俺と同じなのだろう。
 ちらりと横目で隣を歩いている花宮をみると、考え事でもしているのか、はたまた眠いのか、目を半分だけ閉じていた。睫毛が、目のすぐ下に影を落としている。けだるそうなその表情はどこか退廃的だ。
 それに見とれていると、ふと花宮がこちらをみた。目が合う。なあ、古橋、と、唇が緩く動いて、いつも通りの声が空気を揺らす。
「このまま、駆け落ちしよーぜ、」
 鼓膜を揺らして届いた一言に俺は驚く。花宮は口の端を持ち上げて笑っていた。

 ああ、ほら。

「どこへだ?」
「ん?誰もいないところまで」
 ひょうひょうと言い放つ花宮を俺はじっと見つめる。花宮はそれに、意に介していないとでもいうようにふいと前を向いた。
「そうだな、海辺とか定番か?」
 手ェ繋いでさ、そのままずっと歩いていくんだ。
花宮が言った言葉に、チープなドラマみたいだ、と呟くと、そうだな、といって花宮は嗤った。
 そして、ドラマでも、なんでも、どこでもいいからさ、といったのを皮きりにして、花宮は歩みをとめてこちらを向いた。それに俺も歩みを止めて花宮をみる。
「ねえ、連れて行ってよ、ずっと、ずっと遠くまで」
 駄々をこねる子供のような口調で、花宮はいう。
 俺を見つめるその瞳が、一瞬ぐらりと揺れた気がした。このままだと、溢れそうで、零れそうで、危なっかしい。
 俺はそっと目を伏せたあとで、微笑んでみた。果たして本当にそうできていたのかは分からない。でも心持ちだけでも、とおもう。
「じゃあ、行こうか。ずっと、ずっと遠くまで」
 俺がそういうと、花宮は満足した、そしてどこか安堵した風に前を向いた。花宮は再び歩きだす。俺もそれについていく。たぶん、道が分かれるまで俺達は喋らないだろう。俺たちはいつもそうなのだ。


 確かに、分からない。花宮の考えてることも、見ているものも、感情も、なにも分からない。
 でも、俺は知っている。花宮が俺の理解出来ないことを言うときは、相手が理解出来るかどうか考える余裕が無いほどに、弱っているときだ。



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