センパイ、と無邪気な子供に似せた声をだして、人受けの良さそうな笑みを浮かべている目の前の後輩が、好きではなかった。
 処世術として、それはべつに悪いことではないと思っていたし、それもまた世渡りの一つの術として身につけて問題ないことだと思っている。そもそも、外と内が違う奴なんてざらにいる。むしろそうじゃないやつのほうが珍しいのではないのか。それに、これまで同じ様なタイプを自分はこの後輩以外にも接したことがあるはずで、その時はそれに好きも嫌いもなかったはずだ。
 そのはずなのだが、どうもコイツにそれは適用されなかったらしい。




「かわいそうやなあ、お前。」
 投げ掛けた言葉に、扉を開けようとした背中が、ぴくりと反応した。しかしそれまでで、後輩は振り向かずに質問する。
「…それ、どういう意味ですか?」
「そのままの意味や。自分でもわかっとるんちゃうん?」
 後輩は何も言わなかった。代わりに、ドアノブにかけていた手をおろした。
「かわいそうだとか、あなたに言われたくありません」
「あぁ、プライドだけはいっちょ前に高そうやもんな、自分」
 だけ、を強調していうとその後輩はこっちを振り向いた。柔和そうだった瞳はぎらぎらとした鋭い瞳に変わっており、その瞳が自分を睨みつける。それにわりとちょろいな、と思いながら、言葉を続ける。
「ほんま、お前、はたから見てて可哀相やねん。誰に対しても好かれようとしとる。そんなん無理に決まっとるやろ?それをわかっとる癖に、同級生には猫かぶって、センセにはいい子演じて…ほんまかわいそ「アンタに俺のなにが分かるっていうんだ!」
 声を遮る様に声を荒げてそう言った後輩は、少し震えていた。少し俯いているせいで、それが怒りせいなのかなんなのかはわからない。
 にやりと口元を歪めながら冷静に、図星なんやろ、というとわかりやすく後輩は唇を噛んだ。
「わかっとるで、花宮。臆病やねんな、自分。傷つくの、怖いんやろ?」
「べつに、そんなこと、」
「ないんか?」
 にじり寄りながらそう問い掛ける。後輩はそれに距離を保とうと後ろに下がって、扉にぶつかった。その瞬間、びくりと肩が震えたのが見えた。

 あー…そんなビクビクせんといてーや。

「臆病者の花宮真ちゃーん、なんかゆーことある?」
「! うるさ…っ」
「あれ、もしかして泣いとる?やめてや、俺が虐めとるみたいやん」
「…実際、そうだろうが、しね」
 普段なら考えられない暴言とともにぼろりと一粒涙を零して顔を上げた後輩は、ぎっと自分を睨みつけた。赤くなった目元と水気を多く含む瞳が、加虐心を煽る。ああコイツ、もっと虐めてやりたい。ぐちゃぐちゃに壊してしまいたい。…自分はこんなに歪んだ性格をしていただろうか。
「アンタ、いったいなんなんだよ、おれのことなんか、きにすんなよ、どうでもいいだろ、おれの、ことな、ん、か、」
 いいながら後輩は扉伝いにずるずると崩れ落ちていった。そのまま膝抱えるようにすると、顔を俯かせる。
 自分もそれに合わせてしゃがみ込んだ。
「なー、花宮、別に猫かぶっとんのを、悪いゆーとる訳やないんやで?」
 やさしめにそういうと、ぴくりと後輩の肩が揺れた。
「そうやなくて、見つけられんのんやろ、猫かぶらんでええ奴。ずっと猫かぶってるって、辛ない?」
「べつに…つらく、なんか…」
 消え入りそうなほど小さな声で後輩は言う。俯いているせいで、なおさら聞こえづらい。後輩の精一杯の強がりなことは明白だった。
「まあ、ワシには辛そうに見えたんや。せやからこんな手荒な手を使ってみたんやけど…すまんの」
 少し声のトーンを落としてそう言うと、後輩はゆっくりと顔を上げた。ぎゅっと眉を寄せて不安げにこちらを見上げる後輩の目は、水分を多く含んでいる。センパイ、と後輩の口が緩く紡ぐ。
 …ちょろいなあ。
 そう思いながら、噛み付くようにその後輩の唇に口づけた。
 瞬間、後輩が目を大きく見開かせて信じられないとでも言いたげな目で見た。半開きになっていた口内にすかさず舌をつっこむ。
「っんぅ?!!」
 素っ頓狂な声を上げて俺を突き飛ばそうとした後輩の両手を掴んで、抵抗出来ないように押さえ込む。それに後輩はまた目を見開いた。押さえ込むと、時折体がぴくりと動くのが分かって、それがたまらなく加虐心を煽った。
「い…っは、やあ…っ」
 呼吸が上手く出来ず苦しいのか、さっきとは違った意味でぼろぼろと涙を零しながら必死に俺から逃れようとしている後輩がいじらしい。もっと苦しげな声が聞きたくて、深く口内を犯す。喘ぐ後輩の声と水音だけがこの部屋に響いた。
 抵抗が弱くなってきたところで、自分から後輩を開放してやった。息が出来るようになって放心したような後輩に向かって言ってやる。
「そんな訳ないやろ。ただお前が猫かぶってないとき、どんなんなんか知りたかっただけや。」
 それにどんな反応をするのかと思えば、後輩はふは、と小さくわらった。傷ついたというよりは安心した、と言ったように。さっきまでの反応からして絶望した顔でもするのかと考えていたから、へえ、と思わず呟いてしまった。
「へえ、この状況で笑うんか。」
 そういうと後輩はふふっと笑いながらぐいと服の袖で目元を拭った。
「なんかもー…おかしくなっちゃったんです。突然吹っ掛けられたと思ったら、追い詰められて、優しくされたと思ったら、キスされて」
 今だ潤んだ目が自分を見つめる。
 でも、と後輩の濡れた唇が紡ぐ。
「あんまり、嫌じゃなかったんです」
「なに?花宮、Mなん?」
「…センパイのせいですからね」
 そういうと後輩は、すばやく自分の手をとり、指を絡めて体重をこちらにかけた。倒される体と眼前に迫る後輩の顔。潤んだ瞳が、とろりとこちらをみている。
 倒されながらそうくるとは予想外やわ、と呑気に思った次の瞬間、
「いっ…!?」
 がぶり、と鼻に噛み付かれた。
 それに一瞬なにが起こったかわからず力が緩んで、後輩の体重をもろに受けた自分は後ろに倒れ、床に後頭部を勢いよく打ち付けた。
 離された手と体重を追うように頭を押さえながら起き上がって前を見ると、可愛いげのかけらもない笑みを浮かべた後輩が立ち上がって舌をだしていた。勝った、みたいな目をして俺を見下ろす。だが、その勝ち気な瞳はまだ潤んでいる。
「ンな訳ねぇだろバァカ!いたいけな後輩襲ってんじゃねーよ死ねっ」
 そうとだけ吐き捨てると後輩は荷物を持って躊躇いなくドアノブを回して更衣室から出ていった。鉄製の扉がばたんと音を発てて閉まる。
 その一連の流れにしばらく呆然としたあと、思い出したようにはは、と笑って舌舐めずりした。


「…百点満点あげるわ、花宮」




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