どうして、どういう流れで付き合い始めたのだとか覚えていない。なんだか盛大に告白されたわけでも、こちらからしたわけでもなく、気づいたらそういう関係になっていたというか。だから今も、本当に付き合っているのか確信できないような関係だ。同棲していることが唯一の証拠のような、はかない関係。
 ただ、それでもボクは今吉さんのことが好きだ。

 今日、女の人を連れて歩く今吉さんを見た。女の人は媚びる様に腕を絡ませて、今吉さんの顔をうっとりとした目で見つめていた。遠目でよく見えなかったが、中々の美人だったと思う。それに今吉さんは困った様でもなかったし、むしろ満更でもなさそうな顔をしていた。
 ボクはその光景をまたかと思いながら見つめている。最初は今吉さんが知らない女の人と一緒にいるというだけで柄にもなく取り乱して、この世の終わりが訪れるかのような気持ちだった。それが今では慣れてしまって、そのくらいじゃどうってことなくなってしまった。…嫌な慣れだ。
 腕に絡み付いた彼女は、今吉さんをぐいぐいと引っ張ってこちらに顔を向けさせようとしている。その様はまるで、キスをねだっているようだった。今吉さんは、それに困ったような顔をして、一言言って、彼女に、顔を…。
 ボクはそこまでみてそこを足早に立ち去った。
 頭の中に、今吉さんが彼女に対して何かを言った場面が映し出される。あの唇の動きから、何て言ったか簡単に想像できた。

(し ょ う が な い な あ)



 ただいま、となにごともなかったかのような顔をして今吉さんは帰ってきた。ボクはいつものようにおかえりなさいという。少し声が低くなってしまったが、仕方がないと思う。
 今吉さんがボクの機嫌が悪いのを訝しんで、どしたん、機嫌悪いやん、といって近付いて来た。
 微かな香水の匂い。見かけた女性の移り香だろうか。たった数分くっつきあったような女性の香水が移るとは思っていない。つまり、そういうことだろう。
 ああもう、この人は本当に、
 じりじりと胸が焼かれるようだ。醜い、醜い嫉妬が募る。よく男の嫉妬は醜いというけれど、その通りだとおもう。今吉さんにとってボクは先程の女性と対等、もしくはそれより少し勝っているかくらいなのだろう。今は切り捨てる気はないけれど、切り捨てようと思えば、すぐに切り捨てられる存在。ボクも同じくらいに淡泊だったらいいものを。なのに、ボクは今吉さんにとても執着している。それがどれだけ醜いことか!
「今日、貴方と女性が一緒に歩いているところを見ました」
 ボクがそういうと、今吉さんは少しばつの悪そうな顔をして、あーあれか、と言った。しかしそのあといつも通りの笑みを浮かべ嘘を吐く。
「別に、なんでもないんやで。ただ一緒におっただけや」
 なんでもない。へえ、なんでもないねえ。
 ボクはそれをはん、と鼻で笑いながら、ばかみたいだ、と思った。
「へえ、そのなんでもないただの女性と今吉さんはキスしちゃうんですね」
 いつから日本ではキスが挨拶になったんです?知らなかったんですけれど。
 言葉が口からぽんぽん出て行ってしまう。ボクは先ほどまで冷静に言葉を浮かべていたのに。本人を目の前にしたとたんこれだ。ああなんてめんどうくさい。
 これ以上言うと自分が醜くなるので、ぷい、とそっぽを向くと今吉さんはごめんごめんといつもの調子で言った。…本当に悪いと思っているんだろうかこの人は。
 そっぽを向き続けるボクに、ごめんごめんと謝り続ける今吉さん。
「ねえ、今吉さん、ボクがこういうの何回目ですか」
 ボクがそういうと、今吉さんがぐっと言葉を詰まらせる。あはは、ボクも覚えてません。これで何回目でしたっけ。
 そしてボクの考えが別れを切り出す、というところまで固まりそれを言い出そうとしたのを見計らったように、今吉さんはボクを抱きしめた。
「なァ、悪かったって、堪忍したってや、」
 耳元でそう囁かれて、ボクの心臓はせわしく音をたてはじめる。ああ、今日こそはと思ったのに。こうやってボクはいつもほだされてしまう。
「それも、何回目ですか」
 そうボクが拗ねたようにいえば、さあ、何回目やっけなあ、と軽く今吉さんは言った。





 月明かりが差し込んでいるお陰で、室内がほの暗い。カーテンを閉めるのをすっかり忘れていた。ボクはベッドから抜けて水を飲みに台所へ向かった。からからに渇いたのどに、冷たい水は心地よかった。
 ベットへ戻ると今吉さんの顔が、月明かりでよく見えた。
 その安らかそうな寝顔にボクはぎゅっと手を握りしめた。
 こんな風に今吉さんをみていると、首を絞めたくなる。
 ボクはこんなに貴方のことが好きなのに、貴方はボクを苦しめるだけ苦しめる。ボクの苦しみを少しでも味合わせたい。ボクはもっと、もっと苦しいのだから。
 さいていだ、死んでしまえばいいのに。
 するり。握っていた手をひらいて手を伸ばしたら、しろいしろいくびに、
「くろこ…?どしたん?」
 いつのまにか今吉さんは起きたらしい。ボクは再び手を握りなおした。寝起きのぼんやりした口調でそういった今吉さんに、べつになんでもないです、と呟く。ちょっと殺意が沸いただけなので。そう心の中で付け加えておく。聡いこの人のことだ。気づくかもしれない。
 でも、そうなん?ならええんや、とそれだけいって今吉さんは寝ぼけ眼を細めて、ボクの頭をぽふぽふなでた。
 ボクはそれになんだか毒気を抜かれてしまって、今吉さんの隣に再び潜り込んだ。
 潜り込んで、そっと、あの彼女のように腕を絡ませてみた。体温は布団の中よりも低くて、でも、冷たい訳ではないから離れられない。
 ボクは今吉さんが好きだから、どんなことがあっても、手に掛けるなんてことは結局出来ないのだろう。


(しょうがないなあ)



prev next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -