ここは東京のどこかにある保育園。今日も元気に園児たちが登園してきています。
「おはようございます、黒子先生。」
 スーツを見事に着こなす女性が、正門のところで園児たちを迎えている先生に挨拶をしました。まさにキャリアウーマンといった具合のその女性に対して、髪の色と同じ水色のエプロンをつけている先生は微笑みます。
「おはようございます、花宮さん。…おや、まことくんは?」
 それに、お母さんの足元に纏わり付くようにして隠れていたまことくんが、ひょい、と顔を覗かせます。いつもはそんなこと無いのに今日はなんだかお母さんと離れたくない様子です。「ほら、まこと、」とお母さんに促されて、しぶしぶといったようにやっと足元から離れました。
 黒子先生が、まことくんと目線を合わせるためにしゃがみこんでにこりと微笑みました。
「おはようございます、まことくん。」
「おはよう、ございます…くろこせんせ…」
 いつもならこのあと、なんてゆうと思ったかばぁか!と叫んで走っていってしまうのに、今日はそうとだけいうと歩いて行ってしまいました。その後ろ姿も、なんだか元気がありません。
 それに黒子先生が立ち上がって首を傾げていると、まことくんのお母さんが苦笑いしました。
「実は・・・」




☆ ☆ ☆ ☆ 




 一人ブランコにのって、漕ぐでもなく足をぷらぷらさせているまことくんは、ぎゅっと眉を寄せて不機嫌そうです。そうやってつまらなそうに前を見つめていると、突然視界に男の子がドアップで映り込んで来ました。
「はなみや!なっ、どうしたんだよ!げんきだせよぅ!」
 にこにこと笑顔でそういう男の子は、てっぺいくんです。まことくんは自分を覗き込んでくるてっぺいくんから距離をとろうととりあえず少し前を向きました。
 このてっぺいくんとまことくんは、友達と言うには微妙な関係です。
 てっぺいくんはあやめ組さん、まことくんはすみれ組さんなので、お互いに接点はありません。
 ですが、まことくんがてっぺいくんをなにかと目の敵にしていて、ほぼ毎日イヤガラセを仕掛けるのです。例えば、てっぺいくんたちがボール遊びをしたいと思えば、まことくんは先回りしてボール遊びをします。てっぺいくんが遊具で遊びたいと思えば、その遊具を使いますし、遊びたいものが玩具の場合、酷いときには隠したりします。
 そんな風なことを幾度もされているてっぺいくんですが、まことくんに仕返ししてやろうだとかは、一切考えていません。むしろ、積極的に関わりにいくので、てっぺいくんと仲良しの友達は「あんなイヤなやつ、かまわなくてもいいのに」と言います。
 でも、てっぺいくんは“遊ぶなら人がたくさんいる方が楽しい”と思っているので、遊べるならまことくんとも遊びたいのです。それに、まことくんはてっぺいくんたちにとってはイヤなヤツでも、すみれ組では中心にいる人物ですから、きっと仲良くなれば楽しい、とも。
 まぁとにかく、てっぺいくんは皆と仲良く遊びたいのです。だから、出来ればまことくんとも友達になりたいのでしょう。
 それに対してまことくんは底意地の悪さを発揮しているのですが。
「…いま、そういうきぶんじゃないんだよ、どっかいけ」
 顔をしかめながらのまことくんはいいました。それを「え、やだ」と、てっぺいくんはすぐに否定しました。あまりの否定の早さにまことくんは目を丸くさせます。
「…なんで?」
 じいっとてっぺいくんを見つめながらまことくんは不思議そうに問います。それにてっぺいくんは笑って答えました。
「だって、おれにちょっかいかけてこないはなみやなんて、はなみやじゃないもん」
 その一言にまことくんは、こいつのなかでおれはなんなんだ、と少しむっすりしました。いやまあ因果応報なんですけども。
「なぁ、なにがあったんだよ。いえばちょっとはらくになるかもしれないぞ?」
 少し真面目な顔になってそういうてっぺいくんに、ふいとまことくんはそっぽを向きます。
「おまえにいうギリはない」
「…ギリってなんだ?」
 首を傾げて言葉の意味を問うてっぺいくんに、まことくんはちっ、と舌打ちをしました。これだからこどもは、と背伸びしたことを思いながら、リユウっていみだよばあかと教えてやります。それにてっぺいくんは、へえ!はなみやってものしりだなっ、とにこりと笑いました。
 それにまことくんはもう一度舌打ちをしました。てっぺいくんは理由を言わないとどこかへ行ってくれそうもありません。
 おれなんてほっとけばいいのに、と思いながら、まことくんは目線を下に落しました。
「…くーちゃん」
 ぼそりとそう呟いたのに、聞こえずらかったのに加えて、意味が分からないのに、え?とてっぺいくんが首を傾げ声を漏らします。
 それにまことくんはばっと顔を上げました。
「くまの、くーちゃん!わすれたの!!」





☆ ☆ ☆ ☆





 まことくんのお母さんが苦笑いしながらいいます。
「実は、くまのぬいぐるみ、忘れちゃったんです」
「ああ、あの」
 それに合点がいったように黒子先生が頷きます。
 お母さんのいうくまのぬいぐるみ、というのは、まことくんのいわゆる“安心毛布”です。
 まことくんは年中さんから保育園に通いはじめたのですが、その時からずっとそのぬいぐるみをもってきていました。一年以上の間ずっと持ち続けているのですから、もうそのくまのぬいぐるみは薄汚れてぼろぼろです。ですが、お母さんが捨てようとすると泣いて嫌がりますし、一日洗濯するのですら嫌なのです。まあ、安心毛布とはお母さんの替わりのようなものですから、ないと不安で堪らないのでしょう。
 普通は成長するとともに安心毛布から離れていくのですが、まことくんはまだそれを手放すことが出来ないのでした。
「今日、起きるのが遅くって、私が急かしたから忘れちゃったんです。あの子、なにも言わなかったけど、やっぱり不安なんだと思います。」
 取りに戻れば良かったかしら、と心配げなお母さんに、黒子先生は大丈夫ですよ、と微笑みます。
「きっとそろそろ、離れる頃だと思いますから。」





☆ ☆ ☆ ☆




 
 まことくんが怒鳴るように言ったことにてっぺいくんは目を丸くさせたあと、にっこりと笑いました。
「なぁんだ、そんなことか!」
「…そんなことってなんだよ!」
 まことくんはぎろりとてっぺいくんを睨みつけて、ふて腐れたようにそういいます。
 てっぺいくんはそれに全く動じず(というか聞いてませんね)なんだそうかとうんうん頷いたあと、両腕を広げました。
「はい!」
 両腕を広げて笑っているてっぺいくんの意図が読めず、まことくんは首を傾げます。
「…?なんだよ。」
「だから、きょうはおれがくーちゃんのかわりになってやるから!」
 それに呆気を取られたように口を半開きにさせたまことくんは、じいっとてっぺいくんを見つめます。そして、おまえ、ばかじゃねえのと言いました。
 それにむっとするでもなく、てっぺいくんは両腕を開いたまま、ほら、とまことくんに迫ります。
 それにまことくんは、最初は嫌そうな顔をしていました。ですがなにか思うところがあったのか、やがてブランコの鎖を握っていた手を躊躇いがちにてっぺいくんのほうへ伸ばし始めました。
 それにてっぺいくんはにこりと笑ってその手を掴んで自分のほうへまことくんを引き寄せます。それにまことくんはてっぺいくんに抱き着くような形になりました。驚くまことくんをよそに、てっぺいくんはするりとまことくんの背中に腕を回して抱きしめます。
 驚きから我に返ったまことくんはうう、と唸りながら離れようと苦心します。しかし割と強い力で抱きしめられているので叶いません。それでもじたばたとなおも抵抗を続けます。
 それを宥めるようにぽんぽんとその背中をてっぺいくんは叩きます。
「な…?だいじょうぶだから、」
 てっぺいくんがまことくんの耳元で優しく囁くようにいうと、急にまことくんは離れようとするのを止めました。その替わりにぎゅうとてっぺいくんの服の裾を掴んで、体を預けます。
「うん…、きよし、ありがと…」
 ぎゅう、とてっぺいくんにしがみついたまま、まことくんは言いました。それにてっぺいくんはにこにこしながら、どういたしまして、と答えます。
 それにまことくんは今更ながら恥ずかしくなったのか、ぎゅうううううっとさらにてっぺいくんにしがみつきます。それにてっぺいくんはなんどもぽん、ぽんと背中を叩きます。
 まあ何とほほえましい光景…と思ったら、まことくんはいきなりてっぺいくんを突き飛ばしました。大人しくなったので力を緩めていたてっぺいくんは、そうされたことでよろめいて尻餅をついてしまいます。それにまことくんは、ふはっ、と意地悪い顔をして笑いました。
「なんて、ゆうわけないだろ!だれがおまえなんかをくーちゃんのかわりにするか、ばあか!」
 そういって、べえ、と舌を出したあと、まことくんは走っていってしまいました。
 てっぺいくんはそのまことくんの後ろ姿を尻餅をついたまま見つめながら、くすりと笑います。

「うん、いつものはなみやだ!」




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