「お帰りなさいませ!ご主人様!」
 その言葉とにこりと人好きのされる笑顔に出迎えられた男二人組はぽっと頬を赤く染めた。
 その声と笑顔の持ち主は、肩くらいの黒髪の上には白いフリルのついたカチューシャ、服は黒と白を基調にしたスタンダードなメイド服は膝丈で、タイツに見せかけてニーハイソックスをはいていた。所謂メイドと呼ばれる格好である。
 メイドは慣れているように男二人の赤面をまったく無視して話し掛ける。
「二名様で、よろしいですか?」
「あっ、はい…」
「二名様ご来店でーす!」
 その声に、こちらへどうぞご主人様がたあ、と部屋の奥にいた別のメイドが呼んだ。それに男二人は名残惜し気に出迎えたメイドを見つめながらそちらへ向かう。
 それにメイドはもう一度微笑んで小さく手を振った。
「ゆっくり、していってくださいね!」
 それに男二人組は顔を真っ赤にさせてそそくさと呼ばれた席へと向かった。
 それにメイドはさっきの微笑みとはまったく別物の悪どい笑みを浮かべ、ぼそりと呟いた。
「俺が微笑んだくらいで顔真っ赤にしてんじゃねえよ気持ち悪い」
 そのあと、近くにいたメイドに接客お願い、と頼まれたときには、そのメイドは悪どい笑みから先ほどの笑みにすげ変えていた。はあい、とさきほどと同じように高い声で返事をする。
 その多重人格気味なメイドの名は花宮真。霧崎第一高校二年生バスケットボール部キャプテン兼監督。またの名を無冠の五将悪童。
 正真正銘、男である。


「…メイド喫茶ァ?」
 どうしてなんでそうなった。
 うっかり文化祭についての話の途中に寝てしまっていた花宮は、黒板にいくつか上げられた候補の中黄色いチョークでぐるぐると囲まれた文字を見て、まずそう思った。
 霧崎第一はお坊ちゃん校と有名なことからわかるように由緒ある(?)男子校であった。
 しかし近年の少子化やらなんやらの影響で共学になり、まだ男子校というイメージが抜けないものの、女子も少数ながら通っている。
 花宮のクラスにも女子が数名おり、そいつらに押し切られたのかと花宮は思っていたのだが、どうもクラスメイトの会話を聞いていると、どうやら提案したのは男子で、それを押し通したのも男子の方らしい。
 …ああアレか、好きな子のメイド服姿がみたいとかいうアレか。
 そこまで考えて、馬鹿じゃねえの、と花宮は心の中で毒づいた。
 まずそうしてしまうと接客する人数が少な過ぎる。前半後半に分けると考えると、接客できる人数は三、四人になってしまう。それじゃあ休憩する暇もないだろ。しかも男子が接客するにはメイド喫茶という看板を掲げている手前、女装するしかない。メイドを引いて、大人しく喫茶店に留めておけばよかったのだ。
 やれやれとこれだから馬鹿はと頬杖をつきながら黒板を眺めていると、クラスの女子全員が集まっていた中のリーダーらしい一人ががたりと席をたった。
「私たち、メイド喫茶やってもいいよ。」
 それにおおっと男子が歓声をあげる。
 決まってなかったのかよ。まだ決まってないのに二重丸すんなハゲ。そうやって心のなかで悪態をついていると、立ち上がったリーダーが花宮を見つめた。花宮はそれに気付かない。
「でも、条件があるの。」
 女子の声にしん、と教室が静まりかえった。
「花宮くんがメイドになってくれるなら、二日間私たちがオーバーワークしてあげる」
 花宮は気付いていなかった。“好きな子のいつもとは違う姿を見たい”のは、男子だけではなかったということに。表だっては品行方正成績優秀の猫をかぶっている上にバスケ部のキャプテンである花宮は、女子の憧れの的なのだ。
 突然出てきた自分の名前に花宮は思わず立ち上がる。
「は、はぁ?なんで俺がメイドなんか、」
 やらなきゃなんないんだよ、という言葉の続きは男子の射竦めるような視線に遮られた。
 そのあと花宮はその視線になんとか堪え、別にメイド喫茶にこだわらず、普通の喫茶店にして、女子はメイド服で男子はなにか別のものでやればいいじゃないかと必死に訴えたが、女子は絶対メイド服と頑なに譲らなかった。
 上記のような理由の女子は、別にメイド服でなくてもよかったのだが、男子多い中で一人女装とか、それなんてボーイズラブ!といったような女子たちが譲らなかったのだ。・・・哀れ花宮、である。
 頑なな女子と男子の視線に自分に分がないと判断した花宮は、泣く泣くメイド服を着ることを選択したわけなのだ。
 そして当日、サイズが合わないのではないかとほのかに期待したが、そんなことはなく、むしろピッタリで、それだけかと思えばわりと本格的にメイクを施されカツラを被せられるわ、可愛い可愛いと嬉しくもないのに言われるわで、花宮は大分精神を削られていた。
 そのあと接客していたら原や古橋なんかがそれぞれやって来て、花宮はどうせ笑いに来たのだと思ったから、それならばいっそと完全な別人の様に振る舞った。それがわりとうけがよかったので、それからはずっとそれで貫いている。
 こうしてこの普段とは掛け離れた、超猫かぶりメイドは誕生したのだ!


 しかしそれもあと三時間の辛抱だと花宮は先ほどの人受けのする笑みをもう一度貼付け直す。そして新たなお客に向かって先ほどの決まり文句を言おうとした。
「お、花宮。そんな格好してど」
「お帰りくださいませ!ご主人様!」
 笑顔でそう言い切った花宮はすっと扉を閉めた。
 が、途中でそれは阻止されてしまう。それに花宮は顔を歪めて盛大に舌打ちした。
「客に対してそれは酷くないか?」
「なんでお前ここいんだよ…」
 のほほんとした表情で扉が閉まるのを遮っている男…木吉鉄平を睨みつけながら花宮はいう。花宮が睨みつけても、木吉はにこにこしたままだった。
「だって今日文化祭だろ?」
「…っ、な、ん、で!来たんだってこと!!」
「んー?花宮に会いたかったから」
 そう笑顔で言い切った木吉に、花宮は目を大きく見開き口を半開きにさせた。いまの彼にはぽかん、というような効果音がピッタリである。思わず扉を閉める力を緩めてしまい、木吉が閉まるのを遮っていた力で大きな音をたてて元のように扉が開け放たれた。それに花宮はハッと我に帰る。
 そして、会いにきたってなんだよ一回死ねバァカ!と思わず大声で叫びそうになったが、すんでのところで思い止まった。突然自分のこの姿をみて笑いにきたのではないかということをひらめいたからだ。なんだそういうことか、と花宮は一度息をはいてにこりと微笑む。
「わあ、私に会いにきてくれたんですかぁ?私すっごいうれしいですー。それで、一名様でよろしいですか?」
 花宮の態度の変わり様に驚くでも無く木吉はにこにこと、一名様じゃないぞ、と花宮に告げた。それに花宮は眉を潜める。お前以外に誰がいるんだよ、と花宮が言おうとしたとき突然彼の目の前から声がした。
「二名様です。へえ、タイツじゃなくてニーハイですか。中々の趣味ですね」
「?!くろっ…!?」
 花宮の頭の中に、どうしてお前が、とか、何時からいたんだとか、色々なことが思い浮かんだ。だが最初に言わなければならないのは一つに決まっている。震える拳を抑え、すうと花宮は息を吸い込んだ。
「スカートをめくるんじゃねえ!」
 そう言ってばしんとスカートの裾を掴んであげていた水色の髪の少年…黒子テツヤの手を叩き落とした。
 花宮はキッと木吉を睨む。
「おい、木吉、なんで黒子もいんだよ!」
「だって、一人じゃ寂しいだろ?」
「子供か!お前は子供か!!」
「ボクは来たくなかったんですよ?でも、じゃんけんに負けたんで」
「じゃんけん?!ていうか、お前もお前だよ!何時からいた!存在主張しろ!あとなぜスカートをめくった?!」
「最初からいました。主張しろもなにも、あなた木吉先輩しか見てなかったじゃないですか。あとスカートをめくったのはノリで…ぶはっ」
 いつも通りの鉄皮面で淡々と答えていた黒子だったが、店内から叫ばれた、まことちゃあん?奥詰まってるからはやくお客さんまわしてえ、という声にふきだした。ツボにはまったらしく続けて笑い出す。
「ぶっ!くくっ、ま、ま、まことちゃっ、って、くくっ、ににっ、にあわなっ、ぶふっ!あっ、でも今はっ、にっ、にあってま、ぶくく、く」
「もういいから!お前らこっち!!」
「まことちゃんかあ…かわいいな!」
「うっさい!!もう何も言うな!」
 なんだかんだと言いあって中々動かない三人に、しびれをきらしたらしいすぐ近くにいたメイドがにっこりと笑顔で、二名様ごあんなあい、と言って笑い転げている黒子とにこにこしている木吉の腕を掴んだ。メイドはぱちん、と花宮にウインクする。その姿は花宮にとってまさに救いの女神のようであった。
 そのまま二人を席に誘導し座らせたメイドはごゆっくりどうぞーといって、元いた位置に戻っていった。花宮はホッと一息つき、自分も元の仕事に戻ろうとしたところで、とんとんと肩を叩かれた。なんだと思って振り返ると、定位置に戻っていったはずのメイドが注文をメモするための紙を差し出して、にこりと微笑んでいた。
「注文、とってきて」
 メイドは笑顔でそういった。花宮はすでに感づいていたが、少しの可能性にかけて尋ねる。
「だれに?」
「さっきの二人」
 知り合いでしょ、といってメモを花宮に押し付けるメイド。じゃあ頑張って、といってそのメイドは仕切って作った向こう側の部屋へ駆け込んでいってしまった。文句の一つ言わせる隙もない素早い動作であった。花宮は誰かに押し付けようと部屋を見渡すが、押し付けられそうな人間は見当たらない。花宮はもう一度舌打ちした。
 花宮は非常に不機嫌そうな面持ちで木吉たちの座っている席へ近づいた。


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