きらびやかな夜の街に、光に寄って行く蛾のようにふらりとよっていった。こうやって夜の街に入って行くのは初めてではない。
昼は寄ろうとすら思わない街だけど、夜になったら話は別だ。僕は夜のこの街に言いようのない魅力を感じるのだ。
だけど結局、引き寄せられるように来ただけなので、もちろん行くあてなどなく。今僕はぶらぶらするってことの見本のような存在だろうな、とぼんやり思った。
街の中はぎらぎらとネオンが眩しく、ざわざわと人は騒がしい。それに強くお酒と煙草の匂いがする。いまだ制服姿の自分は、その中でもっとも浮いた存在だろう。もしここで善良な人間に出会ったらすぐにでも、こんなところほっつき歩いちゃいけない、早く家へ帰りなさいって注意されそうだ。そんな善良な人なんて、いないと思うけど。
あーあ、ほんと、なにしに来たんだっけ?こんなところに来たってなーんにも、することないのになあ。
そうやって我に帰ったように思うのに、帰ろうかな、と呟いてすらいるのに、それに反して体はずんずん街の奥へすすんでいく。やっぱり帰る気なんて、無いのかもしれない。実際僕はいまだ、なんとなくここにいる。
そんなことを考えながらふらふら歩いてると、突然後ろから抱きしめられた。当然考えても見なかったことなので、驚いた。驚きすぎて声が出なかった。かわりに心臓がこれまでにないほど激しく動いている。
「ダメじゃあないですかあ。ひとりでこんな夜中に出歩いちゃ」
肩越しから聞こえてくるその声は、怒っているのだろうけど、とても怒っている様には聞こえなくて、一瞬で酔っていることが分かった。近くでするお酒の匂いもその証拠だ。知っている人だったと安心するよりも、そっちの方が気になった。
「先生、なんでそんなに酔っ払ってるんですか」
それに、酔ってなんかいませんよ、と強気に言い張る先生。ここでやっぱり酔ってるじゃないですかというと、いたちごっこになりそうなので止めた。
「じゃあ先生はなんでここにいるんです?」
質問を変えると先生は、くどーくんをつかまえるためでーすとへらへら笑いながら楽しそうに答えた。…なんだこれめんどくさい。
「あー…はい、わかりました。捕まっちゃったんで、子供は大人しくお家へ帰りまーす。帰るんで、とりあえず離してくれませんか?」
さっきから酔っ払っている先生の体温のせいもあって、体が熱い。周りの人の視線も気になるし、早く離してほしい。言えば先生はすぐに腕を離すと思っていたのだが、全然離そうとしない。
「いやです」
その上強くそう言われて、なんだか急に怖くなってきたので先生の腕の中からなんとか抜け出そうと試みる。しかし、先生の細い腕の中からなんてすぐに抜け出せそうなのに、どうやっても抜け出せない。
「くどうくん、私はあなたを捕まえたんですよお?」
今久藤くんは私のものなんです、と耳元で囁くように言われてぞわりと鳥肌がたった。先生の温かい吐息が妙に耳の辺りに残って気持ちが悪い。
「や、やめてください、そういうの、おもしろくないですよ?」
冗談なんかじゃありませんよ、とまたも耳元で言われて、今度は顔が熱くなっていく。
「ねえ、久藤くん、私といいことしましょう?」
「っ…いやです、って言ったら、止めてくれます?」
止めるわけないでしょう、そう先生が耳元で楽しそうに囁いた。
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