微かに聞こえる、なにやら楽しげな声。その声はけらりと爽やかに笑う声と、普段よりも明るめの声の二つだった。意識をそちらに集中させると、だんだんと声が大きくはっきり聞こえてきた。はっきりすればするほど、その声は実に楽しそうである。
 …憎たらしいねえ。
 気づけばにやにやと笑みを浮かべていた。こうやって笑ってでもいないと、自分が惨めだ。一人静かに笑いながら、ぎり、と唇を噛んだ。
 アイツらは幼なじみなのだから、仲がいいのは当然だ。それに、キャプテンはどうなんだか知らないが、あのピンクはキャプテンのことが大が百個ついても足りないくらい好きだ。愛してるの意味で。
 ここで、俺がなんの思いもなかったのなら、盛大に笑ってやるところだ。そして、霧野先輩はあの顔でしかもホモなんだって、言い触らして回るところだ。でもたぶんそんな噂が回ったところで、あの二人の関係は変わらない。それどころか霧野先輩はそれすらも利用して一層キャプテンとの仲を深めるかもしれない。霧野先輩は、そういうところがやけに器用なのだ。俺の流した噂で先輩が得をするなど許せない。
 でも、言い触らさないのはそれだけが理由じゃない。
 不本意だが、俺は、先輩が好きだ。先輩がキャプテンに抱いてる感情とおなじように。つまり俺も、人のことは言えないということだ。
 あのピンクの髪が、碧い瞳が、見た目に反して男らしい性格が、面倒見のいいところが、好きだ。たぶん、一目惚れだった。かなり不覚だったと思う。
 先輩を見て、初めは女だと思っていた。だから別段違和感は覚えなかった。男だと分かっても、確かにショックは受けたが、それほどでもなかったはずだったのだ。それなのに、男と分かってからも胸がやけに騒いで、おかしい。先輩が隠しもせず大好きオーラを放ちながらキャプテンと話してるのをみると、今みたいにイライラして、おかしい。自分がおかしくなるから、その原因である先輩に八つ当たりした。
 今日もそうだ。俺はまだ先輩にイライラしている。キャプテンと楽しそうに話しているのをどうしても邪魔してやりたかった。
 だから、俺はまた、二人のもとへと近付く。
「あの、キャプテン、今日の練習についてなんですけど、」
 俺は空気を読まず二人の会話の中に割ってはいった。それでも、キャプテンは嫌な顔どころか人当たりのよい笑みを浮かべて俺の話を聞いてくれた。
 キャプテンはいつだってそうだ。お坊ちゃんだからなのか、とても温厚で、純粋だ。…悪くいえば、キャプテンは人の心に鈍感だ。俺がこうやってキャプテンに話し掛けていることについての真意も、先輩の口説き文句すらも軽くあしらうだけで、本気だということに気付いていない。
 だから、会話の中に割って入った俺に苛立ちを抱いているのは、紛れもなく霧野先輩一人だ。
 先輩は適当に質問し続ける俺を、ただ睨みつけている。どうせ、邪魔すんな狩屋、とか思っているにちがいない。そう思うと、前は吐き気がして、気持ち悪かったのだけれど、もうすっかり、とっくの昔に慣れてしまって、いまはむしろ、それすらも、いとおしい。
 また、にやりと俺はひっそり笑った。
 ああ、そうやって、俺だけを見てよ。その瞳に含まれているのが怒りでも、殺意でも、いいからさ。
 ふっといつの間にかつめていた息をはく。



 いまここで泣きたいと思った。




(キミの視線を独占する術を、それしかしらない。)



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