新月で、月明かりのない夜だった。明かりといえば数点の星が、夜の空に輝いているだけだ。その闇の中で、まがまがしく、そして妖しく暗闇に光る瞳にどうしようもなく惹かれた。そのぎらぎらする赤い瞳に、恐怖では無く神秘を感じた。自分から目なんて、逸らせる訳がない。そうやってじっとそれを見つめる僕の瞳も、赤が映って赤く染まっているだろう。
「ね、ち、ちょうだい、」
 幼い子供のような舌足らずの言葉とともに、赤い瞳は近づいてきて、僕はごくりと唾を飲んだ。僕もそれににじり寄る。近づいてきた赤い瞳の持ち主は、僕の肩を掴んだ。もう少しで、僕と君の距離はゼロ、とかいうやつかなあ。赤い瞳の持ち主の吐息を、近くに感じる。呑気にそんなことを考えてると、早口にごめん、と耳元で謝られて、首筋に噛み付かれた。
 首筋に痛みが走る。だけどその痛みは最初だけで、その時を過ぎてしまうとなんてことはない。赤い瞳の持ち主にじゅうじゅうと血を吸われてる、としか言いようのない感覚がして、意識が遠退きそうになる。そのときの感覚は、夢みたいな、遠い感覚だ。そんなぼんやりした感覚で赤い瞳の持ち主を見れば、必死に僕の首筋に噛み付いて血を吸っていた。なんていうか、性的だと思った。夢の中ような感覚だからこそ、こう思うのかもしれない。
 本格的に意識が遠退いてしまいそうになった時に、赤い瞳の持ち主は首筋から血を吸うのを止めた。体がふらりと倒れそうになったところを、赤い瞳の持ち主は抱き留めてくれた。
「どう、だった?」
 僕がゆっくりそう問えば、ありがとうと、その人物はいった。ああよかった、役にたてたみたいで。
 もう少し抱き留めてもらうのもいいかなと思ったけど、もういいから、と自分の足で立つ。ふと瞳を見ると赤い瞳は、もう元の金色の瞳に戻っていた。



「ごめんね、輝くん…」
 いつも狩屋くんはそう言う。ごめんって言わなくていいよって同じくいつも言ってるのに、絶対にそう言う。そしてそれに、自分で志願している訳だから、謝らなくたっていいのにって僕はいつも思う。
「謝らないでよ。僕は大丈夫だから」
 大丈夫なんてものじゃない。役得くらいに思ってる。だって、狩屋くんがいざってときに頼ってくれるのが僕だってことだけでも嬉しいのに、こんな姿が見れるなんて、役得以外のなにものでもない。少なくとも、僕はそう思っている。
 普段と違い弱々しい狩屋くんは、血を吸った今も申しわけなさそうに眉を潜めている。ほら、そういうところとか、君、なかなか見せないじゃない。
「でも、血を吸われることが、いいことな訳がないじゃん…」
 だから、と目が少し潤んでいる狩屋くんはまた申しわけなさそうにごめんと謝る。僕は、それにあえて何も言わないでいた。
 代わりに、そっと首筋の傷に手を当てながら、見えない月に祈る。
 いつか、狩屋くんが僕に謝らない日が来ますように。





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