使用ワード:休息/緑/振り向く

 薄暗い部屋の中に立っている。自分の部屋だ。面白味のない部屋の、ベッドの前に立っている。窓から差し込む光だけが唯一の光源で、そのおかげで目の前の光景が把握できた。
 俺のベッドの上で、体が二つ重なっている。乱れた呼吸音。殺しきれなかったような甘い声。ベッドの軋む音。"俺"が花宮を抱いていた。それを俺は見ている。二人は俺に気づいていないのか、それとも気づいていながら放置しているのか、俺の存在を気にする様子はない。空気が籠もっている。暑い。
 不愉快だった。
 花宮は"俺"の体に腕を回している。顔はよく見えない。しかし"俺"は俺なので、想像はできた。
 乱れた呼吸の合間に、花宮、と熱に浮かれたような声がする。その声がまるで自分の声だったので、自分が言っているのかと錯覚しそうだった。いつか、こんな状況があったような気がする。その時は俺だったのに。二人を見下ろしながら、苛立ちが募った。目の前の"俺"の気持ちは手に取るようにわかるのに、まるで別人としか思えなかった。
 花宮が康次郎、といつもの声色で"俺"の名前を呼んだとき、耐えられなかった。殺してやろうと思った。大きく動く必要はなかった。二人は本当に目の前にいたから。
 だから、握っていた包丁で"俺"の体を刺した。殺気が伝わったのか、最後に"俺"と目があった。どすん、と大きな音がした。柔らかいものではなかったが、やすやすと突き刺さり、刃が見えなくなるまで沈んだ。大きな鶏肉の塊を調理した時を思い出した。
 突き立てた包丁を引き抜いて放る。傷口からじわじわと、染み出すように血液が広がった。“俺”は一切動かなかった。
 動かなくなった"俺"の身体をつかんで、ベッドの下へ落とす。そのとき滴った血が掌にかかった。"俺"で隠れていた花宮がようやく目に入る。花宮はひとつも乱れたところのない制服姿で、俺はほっと息を吐く。
 俺を見て花宮はにやにや笑って、俺の手首を掴んだ。そのまま引かれて、俺は花宮に覆い被さる形になる。見覚えのある光景になって、眉をしかめる。
 花宮は俺を意に介した様子はなく、手首から辿って、掌を俺の掌の下へ潜り込ませた。俺の掌は血でぬるついていて、嫌だと思う。それをゆっくりと広げるように花宮は指を絡ませた。掌全体から、指の間まで血で濡れる。
 花宮、と声を出した。自分でもわかるほど浮わついた声だった。先ほど聞いた声にそっくりだった。花宮は薄く笑みながら、目を伏せた。その頬に触れたくなって、握られていない方の手を伸ばす。
 嫌な気配がして、振り向く。
 濁りきり底の見えない沼のような緑の瞳と目が合った。恐怖は特になく、納得があった。
 自分が、包丁を振りかぶっていた。


 目を開く。その行為で、先程までの光景が夢であったことを知る。自分の部屋である。もちろん花宮はいない。
 ……外は雨だろうか。
 回らない頭でそう思った。暗い室内にしとしとと静かな音が響いている。纏わりつくような湿った空気が不快だ。じっとりと暑い。汗をかいている。
 寝返りを打って、カーテンの隙間から時折光がこぼれてくるのをなんとはなしに見つめる。まだ夜は明けないようだった。ぼうっと光を見つめながら、マットレスに体が沈み込んでいくのを想像する。二度目の眠りは近い。まだ体が休息を求めている。もう一度目を閉じた。


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