あの日。
 俺はサークルの飲み会から二次会を済ませ、それから三次会と称していつもの数人で宅飲みをすることになった。缶ビールや缶チューハイなどをコンビニで買い、友人の家へ向かっていたのだが、途中で俺は煙草を買い忘れたことに気がついた。それで、友人たちに先に行くよういって、俺は一人コンビニに戻ったのだった。そうしてタバコを買った俺は、友人宅へと一人向かった。
 ここで話は変わるのだが、その友人の家の近くには公園がある。その公園を通るとショートカットになるのでよく通るのだが、公衆便所の街灯が消えかかっておりなかなか不気味な雰囲気を醸し出している。いつもは特に気にならないのだが、その時は酔っていてあまり恐怖を感じなかったことと、ちょうど尿意を催していたこともあって、度胸試しのような気持ちでその中に入った。
 中は当然のように電気はついておらず、シンとしていた。窓から入ってくる街灯と月明かりだけが光源だった。俺は便器に向かい、目的を果たす。その最中、人の声が聞こえた気がした。振り向くが、特に何にもない。首をかしげながらモノをしまい、ズボンをあげる。今度は後ろの扉がドンと音を立てた。
 これには流石に驚いて慌ててそこから出た。なにかいる。公衆便所から抜けて、チカつく街灯の下に立った。心臓がばくばく音を立てていた。もう忘れてさっさと友人の家へ向かおうと思ったのだが、あの中に何がいるのかが気になってしまった。一度気になるとほかのことが見えなくなるタイプなのだ。
 俺は再び便所へと戻った。足音を殺し中を伺うと、今度ははっきりと声が聞こえてきた。微かに水音も聞こえる。荒い息づかいと媚びるような声から、どうやらここで「そういうこと」に励んでいるようだということにはすぐ思い至った。確認のために三つあるうちの二つ目の扉の下の隙間を覗く。革靴のようなものが見えた。やはり中に誰かいる。そうして正体がわかってしまえば怖くもなんともなく、むしろ好奇心が沸いてきた。公園の便所入ったらどこぞのカップルが盛ってたとか、めちゃくちゃネタになるだろ?
 俺はその馬鹿なカップルの面を拝んでやりたくなって、隣の便所に音をたてないように入った。壁に耳を当てると、やだ、と女にしては低い声が聞こえる。あんあんとまだ喘いでいるところから、俺には気づいていないようだった。俺はトイレットペーパーホルダーを足掛かりにして壁をよじ登った。音をたてないように気を付けながら、上からトイレの中を覗きこむ。
 中には黒髪の男と茶髪の男がいた。目を凝らしてみると、黒髪の方は扉にすがり付くような態勢で、茶髪の男に攻められている。俺は舌打ちをしたい気持ちになった。ホモかよ。
 途端に気分が萎えて、壁でも叩いてやろうかと思ったが、よくみると茶髪の男の方に見覚えがある。少し長い茶髪の髪に、ベージュの制服。その制服は名前はド忘れしてしまったが、都内でも有数の進学校のものだったはずだ。黒髪の方の制服にも見覚えがある。最近バレー部の顧問が問題を起こした高校のものではなかったか。あそこもそこそこに偏差値が高かったはずだ。進学校の生徒がこんな場所で男同士のセックスにいそしんでいるとは。この国の将来が心配になるな。
 茶髪の方が黒髪を容赦なく攻め立てる様子を見て、優等生の闇を見た気分になる。おおかた、ストレスの捌け口にでもされているのだろう。それにしては黒髪の方の声が媚びすぎているような気がするが。やだ、と口では言っているが、声にはまるでやめてほしいという意思が感じられない。
 このまま立ち去るのも面白くないからちょっとビビらせてやろう。そう思って壁を蹴ろうとしたとき、黒髪の口から発せられた言葉に衝撃がきた。脳内にいつぞや見たテレビ番組が浮かぶ。
 あけち。明智吾郎だ。思い出した。高校生探偵の、明智吾郎。明智吾郎が、公衆便所で男とセックスしてる。これは間違いなくスクープだ。明智も黒髪も俺に気づいていない。
 思いがけない展開に、俺はポケットに震える手を伸ばした。
「ねえ、もしかしたら、さっきのひとが戻ってくるかもしれないよ」
 明智が黒髪に向かってそういった。黒髪はその言葉を聞いて慌てて口を塞ぐ。
「もし写真でもとられでもしたら、お互いに大変なことになるね」
 まるで自分に気づいているかのような発言に、背筋に冷たいものが走った。明智は黒髪の目を塞ぐと、いっそう激しく黒髪を攻め立てた。黒髪の喘ぎが激しくなる。俺はカメラを起動して、その場面を撮ろうとした。
 そのとき、目があった。薄暗がりのなかで、赤い目が光ったように感じた。それはテレビでみた優しげなものではなく、むしろその正反対のものだった。殺されると思った。悲鳴を飲み込み、俺は慌てて覗きこむのをやめた。その時に手が滑ってスマホを落としてしまったのだが、拾う余裕がなかった。一刻も早くここから逃げなければと思った。
 できる限り音を立てないように扉をあけ、音をたてないように、しかし急ぎ足で公衆便所から抜け出した。便所から出ると暗闇を切れかかった街灯が照らしている。その光があの目をほうふつとさせて怖かった。あの瞳が迫ってくるような気がした。この場から離れたくて向かっていた友人宅まで走った。しかし身体に酔いは残っていて、恐怖と合わさってうまく走れない。俺ははたから見ればさぞ無様だっただろう。それでも俺は走らずにはいられなかった。


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