目を開くと見慣れた景色が目に入る。窓の外を流れていく風景も、目の前にいる女子高生も、終点を告げるアナウンスもいつも通りだが、視点の低さに違和感を感じた。まだはっきりしない頭で、俺は座ったまま自分の身体を見下ろす。
 視線の先にはなだらかな隆起と、それから先に黒地に赤と白のチェックのスカートと黒タイツが見える。なるほど。一応周りから見て不自然ではない程度に手を股間に持っていって確認する。
 今回の俺は、女のようだった。

 勝手知ったる街を、いつもと同じように駆け抜ける。
 女になったからといって、それ以外のところが特に変わっているわけではなかった。俺は相変わらず獅童にハメられ前科持ちの転校生という肩書のままだし、保護司の惣治郎さんに部屋として与えられたのは屋根裏だ。初登校日には雨が降り、鴨志田は相変わらず杏を送っていくし、そのあと思いもよらない形(俺はそうではないが)で竜司とパレスに入った。そこで俺はペルソナを覚醒させ、城の中でとらわれたモルガナと出会い以下省略。変わったところがないわけではない(初めて会った時の竜司の態度はちょっと面白かった)が、それも些細なものだ。大筋が変わるわけではないのなら関係ない。
 もう何度も繰り返した話だ。まあ、こういうイレギュラーがあってもおかしくないだろう。伊達に何度も同じ時間を繰り返していない。度胸なんてとっくの昔にライオンハートなのである。もし怪盗団のメンバーにも俺と同じようにこれから一年の記憶があったなら、竜司あたりにチャットで悩殺ポーズの一つや二つ送りつけているところだ。残念なことに今周も記憶の引き継ぎは俺にしか起こっていないようなので、できそうにないが。
 それと、しばらく過ごして分かったこととして、この身体にはこの身体の記憶があるらしい。自然と口につく一人称は私。口調は女にしてはぶっきらぼうだが、男ほど乱雑ではない。ブラの付けかたなんて俺は知る由もなかったが、身体は自然と動いた。この身体は俺が知らないことを知っているようだ。知らないことは勝手に動いて、それ以外のことでは俺の思い通りに動く。おかげでロールプレイングゲームでもしている気分だ。俺ではない『自分』が、俺の意思を受け、行動を行っている。もしかしたら、今回はこの世界を過ごすはずだった『私』の意識を乗っ取っているのかもしれない。どうして突然こんなことになったのか、まったくもって謎だが。
 鴨志田、班目とパレスを無事攻略し、もうすっかり中身を覚えてしまった授業を聞き流しながら考える。そうしてぼうっとよそ見をしていると、牛丸に名前を呼ばれ、反射的に姿勢を正す。厳しい目をした牛丸に、カラーテレビの普及によって色がついたものは何か、と聞かれ、もうそんな時期か、と思う。
 夢、と答え役目は終わったとばかりに窓の外を眺める。すると途端に教室がざわつき始めた。女になっても変わらないな。机の中から俺をほめる声がしたので、その毛並みを撫でた。

 なぜ、こうして同じ時間を繰り返しているのか。それはおそらく明智吾郎のせいだ。
 彼は唯一の欠けたピースなのである。怪盗団でただ一つ欠けてしまった存在。明智は初めから仲間ではなかったわけであるが、それでも少なくない時間を共に過ごした人物である。彼をどうにかして生かせないものかと。というか、おそらくそれがこのループから抜け出す条件ではないかと睨んでいる。記憶を生かし、様々な不幸を回避しようと努力したが、明智だけがどうしても救えない。他が救えても、彼が死ぬか、俺が死ぬかの二択。もはや諦めかけていた矢先にこれだ。これまでも多少の変化は経験してきたが、まさか自分の性別が変わってしまうとは思っていなかった。
 しかし、このいつもと違う視点で見れば、答えがわかるのかもしれない。
 俺はすこしだけ、この状態に期待していた。


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