大晦日の深夜の某ファミレス。今年最後の外食と連れだった客も減り、客はいるもののどこか閑散としたそこで、年越しに浮かれるでもなく深刻にして異様な雰囲気を醸し出す男二人組のテーブルがひとつ。一人は静かにコーヒーを啜っており、その向かいに座っている男はどこか余裕がなさそうである。
 その余裕のなさそうなメガネの男…今吉はゆっくりと言った。
「お話とはいったいなんなんでしょうか…」
 それを聞いたコーヒーを飲んでいた男…花宮はことりと持っていたカップを置く。そして視線を上げて今吉をじっと見つめた。
「スレで書いてたのって、本当なんですよね?」
 表情をぴくりとも動かさず淡々という花宮に今吉は間髪入れず頭を下げた。
「はい…そうです…すみませんでした…」
 ごつ、と机に額がつくほどに頭を下げた今吉に花宮はまたしても淡々と頭を上げてください、といった。それに素直に今吉は顔をあげる。どこか冷たい花宮の目と目があった。
「いや、ホンマに悪かったとおもっとってん、知らんかったとはいえ」「あ、そういうの本当いいですから」
 今吉の必死のいいわけをすっぱりと花宮はさえぎる。それに今吉は言う通り黙る。花宮はにやりと笑った。
「俺が、催眠術かけて好きな奴聞き出したことだけでアンタを呼び出すと思います?」
 だいたい、そんなのもういってもしょうがないじゃないですか、という冷静な一言に今吉はぐっと言葉を詰まらせる。これはまずい、非常にまずい。今吉は背中にいやな汗が浮かぶのを感じた。
 実のところをいうと、今吉はそんなことには最初から気がついていた。というか、そんなことだけならば今吉が花宮にバレたことでここまでビクビクするはずがないのだ。むしろ時がたった今ならば嬉々として自分からイジったことだろう。
 そう、“ただ”聞き出しただけならば。

「ねえ、本当に、俺に催眠掛けて好きな奴聞き出しただけなんですか?」

 花宮が頬杖をついてゆっくりと今吉に問う。それに今吉はぎくりと身を硬直させた。
 メールが来たときに、今吉が本当に恐れていたのはこっちの方だった。“本当のこと”を問いただされること。だから、柄にもなくあんなに慌ててしまったのだ。
 たとえ催眠を解く前に記憶を忘れるよう暗示をかけていたとしても、本当にすべてを忘れられたとは限らない。それでも、あの時は花宮が自分に惚れているという手前、証拠もなしに下手なことはしてこないだろうという確信、というか驕りが今吉にはあった。
 しかし、今の花宮はわからない。自分のことがまだ好きなのかもしれないし、そうでないのかもしれない。過去のことを盾に強請をかけようとしているのかもしれないし、ただ単に知りたいだけなのかもしれない。まあどうであれ、こうして呼び出してきたということは最初から自分が催眠術をかけて何かをしたのではと疑っていたのは確実と思って良いだろう。
 …懺悔スレに本当のことを書かなかったのは、改めて詳細を思い出して自分でもちょっと引いたからだ。相手が花宮なのも悪かった。思い出して中学のときの様に再び悩みそうになった。主に自分の性癖について。
 だいたい、四年もたった今ならばもう時効だろうと思っていたし、そうでなくてもまさか本人に見られるとは思わなかった。いくら世界狭しといえど、自分が立てたわけでもないスレに書き込んだ懺悔が本人に届いてしまうなど誰が考えるだろうか。しかもそれをリアルタイムで追われるなぞそれこそキセキだ。こんなところでそんなキセキは起こって欲しくなかった。
 本人にバレてしまったのなら、もういっそすべてを白状した方がいいのではないかと今吉は思う。しかし真実を話せば本当に変態のレッテルを張られてしまうだろう。ならばそれらしい嘘を、と考えるがこう言うときに限って頭は回らない。いやもう白状して楽になることを望んでいるかもしれない。どうせこれから会うことも少ないだろう元後輩にバレたところで…バレたところで…拡散…される…?
 ぐるぐると自分でもよく分からないことを考え始めた今吉に、はぁ、と花宮はため息をはいた。それから頬杖をつくのをやめて、再び今吉をじっとみつめる。
「今吉さん。俺はバレてるから言いますよ、本当のこと。」
 もしこれで読みはずれてたら死にたいんですけど、と少し顔を歪めた花宮はつぶやく。今吉はとりあえずほぉ、と相づちをうった。
「俺、アンタに催眠術かけられてから変な夢、しかも同じやつばっかり見てたんです。」
 花宮はいったんそこで言葉を区切る。そしてすっと息を吸い込むと一息に話し始めた。
「俺は椅子に座ってて、ぼーっと今吉さん見てるんです。今吉さんは俺の目の前に立ってて、俺のこと見てて、俺にいくつか質問するんです。それに俺はなぜかぺらぺら答えて、それがなんか気持ちよくって、今吉さんがわしのこと好きかって聞くからうんって頷いたら、にぃって笑ったかと思ったらいきなり「はいそうですすみませんでしたワシは聞く以外にも別のことしました」
 今吉は花宮の話を大きめに声を出して遮る。それにじとっとした目を今吉に向けていた花宮は、その目をふっと閉じた。
「はぁ…やっぱり。やっと謎が解けました。」
 花宮は納得したように言ったが、その声にはどこか悲痛な響きが含まれていた。思わず今吉は息をのむ。まさか、そんな。あの花宮が。
「アンタなんなんですか。マジで。あのときの俺の気持ちなんて、ちっとも知らないくせに。知ろうともしなかったくせに。俺、ずっと怖かったんですよ?」
 花宮は眉を下げて、弱々しく今吉を責める。
「アンタはよそよそしくて、もしかしたらすきなのバレたんじゃないかって、こわくて眠れないし、寝たら変な夢見ていたたまれなくなるし、」
 花宮はそういいながら顔を俯かせて、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。今吉はそれをみて、すまん、と思わず謝る。すると花宮が少し震えだしたのを見て、今吉は慌てた。
「ちょぉ、ホンマ悪かったて、ごめんて、」
 おろおろとしながら謝る今吉に、花宮は震えながらさらに顔を俯かせる。そのときに、くっと声が漏れたのを今吉は聞き逃さなかった。そこでようやく花宮の意図に気づきクソ、コイツ、と今吉が思った瞬間、花宮が顔を上げて笑いながらこちらへ向かって舌を突き出した。
「なんて、言うと思ったか、バァカ!」
 あははははは、と高らかに笑いながら花宮はそういう。それにもう反応する気もそがれた今吉はただじっと
ひとしきり笑った後で、花宮はにやにやと笑みを浮かべながら話した。
「そんなわけないでしょう!俺、別に気にしてませんよ。大体、最初からバレても良いと思ってましたし。どうせバレるなら俺が気づいていないって体をとってくれれば最上だとも思ってましたよ」
 まさかあーゆー風にバレるとは思ってなかったですけど。うれしげにコーヒーカップの縁を指でなぞりながら花宮はいう。
「そうやったな。お前はそういうやつやったな」
 それに今吉が謝って損したとばかりにすこし苛立った声を出す。花宮はそれにコーヒーカップを弄ぶのをやめて顔を上げ、にぃっと笑った。
「え?アンタなに開き直ってるんですか?催眠かけて好きな奴聞き出しただけならまだしも、その後輩に人には言えないようなことするってどうなんです?倫理的に」
 倫理とかお前が持ち出すなという感じであるが、そこに関しては言い返すことができないので今吉は押し黙る。花宮は
「俺、一生覚えてますからね、アンタにされたこと。だから忘れかけたら教えて上げます。アンタはそれに勝手に後悔して勝手に悩み続けてればいい。…そういうわけで、俺は一生アンタを許しません。だからアンタも一生後悔してくださいね?」
 それじゃ、良いお年を。最後に今日一番の笑顔でそういうと花宮は立ち上がってそのままファミレスから出ていく。
 今吉はその後ろ姿を呆気にとられたようにただ眺めながら、その後ろ姿が完全に消えていったのに、深い深いため息を吐いた。
「ワシ、ホンマやっかいなのに手ェ出したんやなぁ…」



 遠くで除夜の鐘が響いている。どうやら年が明けたらしい。新年、花宮は上機嫌で夜道を歩き、今吉はファミレスでうなだれている。

 花宮が今吉と同じ大学へ入学するまであと四ヶ月。
 キャンパスで偶然顔をあわせてドギマギするまであと四ヶ月と半分。
 今吉が花宮にキレて、モロモロに対して吹っ切れるまであと半年。
 今吉と花宮がつき合い始めるまで、あと……?


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