使えないと思ったら切り捨てる、という最初の宣言通り、花宮は厳しい練習メニューを課してきた。中学のときからバスケ部だった山崎でさえ音をあげていることから、そのメニューの過酷さが分かっていただけるだろうか。
　部員の中で今まで一番運動していない俺はというと、もともと運動神経が悪くなかったことと、中学時代にあまりにも暇すぎて毎日ランニングなどをしていたことでついていた持久力のおかげで、どうにかこうにかついていけていた。毎回死にかけているが。過去の自分には本当に感謝したい。
　バスケなんて中学のときの授業でしかやったことしかなく、技術に関しては本当にズブの素人だ。打ったところでシュートなんて入らないし、まず、ボールが上手く扱えない。
　花宮や山崎の指導によって、始めの頃よりは幾分かマシにはなっているが、本当に“幾分かマシになった”程度でしかない。このままでは花宮は容赦なく俺を切り捨てるだろう。別にそれでも俺はなにも感じないのだろうが、もう少しで出来そうなのに出来ないことが悔しくて、部活終了後も自主練習に勤しんでいた。
　手にしたボールを、ゴールにむかって放る。その瞬間に、入らないことがわかった。その予想通り、ボールはゴールの縁に当たって、跳ね返ってしまった。またか、と奥歯を噛み締める。
「もうちょっと脇をしめるんだよ、」
　唐突にした声に俺は振り返る。てんてんとゴールに入らなかったボールが跳ねて転がっていく。声の主はそのボールを拾うと、俺の隣にたった。
「花宮、」
　帰ったのではなかったのかと驚いていると、花宮は一度ボールをついて、軸のぶれない綺麗なフォームでボールを放った。放られたボールは綺麗な放物線を描いて、ゴールへ入る。
　その様を流石だなと思いながら見ていると、花宮はそのボールを拾って、こちらへ投げた。俺はそれを驚きながら受け取る。じっと花宮をみつめていると、花宮はじれったそうに口を開いた。
「ほら、見てやるから、もう一回」
　その一言に、俺は慌ててゴールに向き直り、さっき言われたことを意識して､もう一度ボールを放った。


　その日から、花宮は練習後の自主練習に付き合ってくれるようになった。花宮のアドバイスはいつだって的確だった。そのおかげでずいぶんシュートの成功率が上昇した。それ以外にもドリブルやフェイク等も熱心に教えてくれた。さすがにまだレギュラーについていける程ではないが、このまま上達していけば並べるくらいにはなるだろう。
　たん、たん、とボールをついて、ゴールへ放る。それは自主練習を始めた頃とは全く違い、危なげなくゴールへ入った。ちらりと花宮を見ると、まあまあだな、と言ってにやっと笑った。これまでの時間で、それが“よく出来ました”の意味であることはもう理解している。
「今日は、このくらいにするか。」
　花宮の言葉に頷き、俺はボール入れの中にボールを放った。

　だいぶ日が高くなったとはいっても、八時が過ぎるまで練習していては帰り道は暗い。街灯がなければ真っ暗なのではないだろうか。俺達はその道を二人だけで歩いていた。特に喋ることも無いから、俺と花宮の帰り道は基本的に無言だ。
　ぼんやりとしながら歩いていると、そういえば花宮に言っていないことがあったと思い出した。
「ありがとう、花宮。」
　そういうと花宮は一瞬困ったような顔をして、すぐにいつも通りの顔に戻った。
「別に、俺はお前のために付き合ってる訳じゃないから。俺は自分のためにこうしてお前に教えてるんだ。だから、そういうのいらないぜ？」
　花宮はそういって意地の悪そうな笑顔を浮かべた。
　俺はそれに納得しつつも、どこか腑に落ちないものを感じたので、言い返した。
「それはそうだが…俺は勝手にやってるのに、それに付き合ってくれてるんだから、やっぱりありがとう、だろう？」
　ありがとう、ともう一度いうと、花宮は毒気を抜かれたようにきょとんとしたあとで、一気に不機嫌そうな顔になった。
「…ドウイタシマシテ。」
　花宮は不機嫌そうな顔のまま棒読みでそういい、俺の脇腹を殴った。俺はその突然の攻撃に呻き、歩みの速度が落ちる。かなり痛い。花宮はそんな俺を無視して、歩みを早めてすたすた先を歩いていく。俺は殴られた脇腹を押さえながら、その背中を見つめる。
　殴られたその瞬間は、理不尽な、と思ったが、そのあと見えた花宮の顔は赤かったので許すことにした。

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