人肌恋しい気分の夜がある。
 何となく眠れなくて、寒くて、一人でいるのが寂しい夜。
 いつもはすぐに寝付けるのに、その夜は全くといっていいほど眠れない。
 それは、俺がグランになってから、なるようになったことだった。
 その時は必死になって造ったグランの仮面が、急に外れてしまうような感じだった。そうなると突然元の自分に戻って、寂しい、悲しいといった感情がどっと押し寄せて来るのだ。でもそれで泣いてしまっても誰が慰めてくれるわけでもないから、とてもむなしかった。
 これがひとりなんだな、って思った。
 俺はその時、人の温かみというものを心から欲していた。昔みたいにみんなで一緒にいたい。昔に戻りたい。元の自分はずっとそういいながら泣いていた。そうなった夜は基本的に寝不足だった。
 その後遺症が、これだ。
 もう、なにもかも終わったのだから、仮面もなにもなくなったはずなのに、寂しい、と思うことがある。
 けど、今の自分は独りではない。むしろそれ以上のものがある。それなのに、寂しいだなんて、自分で思っている以上に俺は寂しがり屋なのかもしれない。



 そう考えながら、天井を見つめてみたり、枕に顔を埋めてみたり、寝返りをうったりしていた。
 眠れない夜で一番嫌なのは無音なことだった。闇が自分の身にじりじりと近付いてくるような、そんな気がするからだ。
 がばっと勢いよく布団を頭まで掛けたところで、こんこん、と扉を叩く音がしているのに気がついた。
 それに、おもわず起き上がってベッドを抜ける。こんな時間に誰だろうと思った。

「や、ヒロト」
「緑川…」
 扉を開けると、間もなく緑川がそう言ってきた。予想外の人物に戸惑うという訳でもなく、ああなるほどと思った。もしも今目の前にいたのが久遠監督だったら、間違いなく戸惑ったことだろう。というか、そんなのはあってほしくない。
「どうしたの?こんな時間に。」
「まあ、中に入って話すよ」
 そういって緑川は俺の部屋に上がり込んだ。あまりにも素早く入って来たので止めることも出来なかった。思わず俺が「ちょっと!」と後ろから言ったにもかかわらず、緑川はしれっと「へーっ、ヒロトの部屋ってこんな感じなんだー」といいながらきょろきょろしている。それに俺はため息を付きながら扉を閉めた。
「それで、なにしにきたの?」
 俺がそういったとき緑川は望遠鏡を覗きこんでいた。本当になにしにきたんだ。
「眠れないから、ヒロトと一緒に寝ようと思って」
「は?」
 緑川の呑気な声に思わず声が漏れた。
 え、なにそれ。俺の心でも読んだの?そりゃあ寂しいとか、人肌恋しいとか、思ってたけど、けど、でも、
「ダメでしょ。」
「え〜」
 そう言って緑川は不満そうな顔をした。それを「え〜、じゃないよ」とたしなめる。
「…どうしても、ダメ?」
「ダメ。自分の部屋で寝なよ。」
 そういうと緑川は少ししょんぼりとした顔で俺を見つめてきた。
 …う…その顔やめてよ、弱いんだから!
 しばらく睨み(?)合った結果、結局というかなんというか、俺が負けた。
「…もう、しょうがないな。一緒に寝てあげる」
「ホント?やった、ヒロト大好き!」
 ぱあっと花が咲いたように笑った緑川がそういって抱き着いてきたけど、受けきれなくて、そのままベッドに倒れ込んだ。ベッドが男二人分の体重を受けてギシッ、と悲鳴をあげる。
「もう、ちょっと緑川!」
「あはは、ゴメンゴメン。ヒロトと一緒に寝るのって初めてだから、嬉しくて」
「…あれ、そうだっけ?」
「そーだよ。いつも両脇はあの二人が固めてたじゃん」
 言われて、ああそういえば、と思った。あんまり気にしたことなかったけど、そういえば昔、寝るときの横には晴矢と風介が常にいた。それこそ当たり前のようにいたから気にすることもなかったのだと思う。
「だから、やっと一緒に寝ることが出来て嬉しいよ!」
 そう言ってにっこりと笑う緑川が可愛くて思わずこっちも微笑む。
 緑川は、昔から弟みたいですごく可愛かった。可愛いから、なにかあるとつい構いたくなっちゃうんだよね。昔からそうだった。
「…じゃあ、そろそろ寝ようか」
 抱き着いている緑川からすり抜けて、天井にある電灯を消した。するとすぐに部屋が真っ暗になって、ベッドの場所がわからなくなる。けど、何となくでベッドがあるであろう場所まで近付いていく。すると、緑川が俺の手を掴んだ。ここで場所は合っていたみたいだ。その時にはだいぶ目が暗闇に慣れてきて少し辺りも見えるようになっていた。ベッドを見ると、緑川はもうすでに布団の中に潜りこんでいるようだった。俺もその布団の中に入りこむ。
 が、もともと一人用のベッドに二人で寝るのは無理があったようで、かなり狭い。それと、今はなんとなく仰向けに寝ているが、よく考えたらいつもは横に右向きで寝ていることに気がついた。
「ねえ、ヒロト、狭いからさ、こっち向いて」
 そう言われたのに素直に従って、緑川の方を向く。するとそのまま、抱きしめられた。それがあまりに予想外過ぎて、体が固まった。なのに、それとは対称的にどきどきと心臓は大きな音をたてていた。
「み、みどりかわ?」
「あのさ、ヒロト、」
 このままじゃダメかな、と真剣な声色で言われ、思わず頷く。
 …そのギャップは卑怯だ…。
 俺を抱きしめる腕の力がさらに強くなった。さらに緑川に近付いたことで、さらに俺の心臓が速く脈を打つ。けど、近付いたことで、緑川の鼓動が俺の鼓動と同じくらい速いことに気がついた。俺はそれに安心した。なんだ、緑川も恥ずかしいんじゃないか。まあ、慣れてたら慣れてたで、恐いけど。
 安心すると、突然眠気が襲ってきた。ぴったりとくっついている緑川の体温も心地よくて、眠気を助長する。
 ああ、今日は眠れないはずだったのに。そこら辺からすると緑川には感謝、なのかなあ。



           (ううん、寂しくないよ。)




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