寝る間は極楽、とはよく言ったものだ。
 確かに寝ている間は辛いこともなにもかも忘れられて、生きている内で一番幸せかもしれない。いや、幸せに違いない。
 だって、俺の隣にいるヒロトが、あんなに無防備なんだもの。
 気付いたとき、本当にびっくりした。びっくりしたが、思わずまじまじと見つめていた。
 いつもどこかひょうひょうとしていて、隙をあまり見せないヒロトが、無防備に眠っている。それはエイリア時代ならまず想像出来ない行動だ。それなのに、電車の中で眠ってしまうなんて、相当疲れていたんだなとも思う。
 俺はヒロトのそういう人間らしい一面を見ると、嬉しくなる。俺もヒロトも、そんなに変わらないんだって。
 眠っているヒロトは、そのままにしておくことにした。降りる一駅くらい前で起こせばいいかなと思ったのだ。
 がたんごとんと電車が揺れる音が車内に小さく響いている。でも、その次の瞬間その音は俺には聞こえなくなった。
 こてん、とヒロトの頭が俺の肩に乗っかってきたのだ。
 ぎょっとした。何が起こったのか一瞬理解出来なかった。重みが加わった肩のほうを見ると、やっぱりヒロトが俺の肩にのっかっていた。規則正しい寝息がすぐそこで聞こえる。それと同時に上下する赤い髪が首に当たってくすぐったい。
 …どうすればいいのだろう?
 俺は顔を正面に戻した。起こすべきなのだろうか?それはなんだか悪い気がするし、もったいないような気もする。
 けれど、このままだと俺の心臓がもたないような気もする。現にいま心臓はバクバクしてるし、背筋が自然にぴんとのびている。
「みどり、かわ、」
 すき。そっと小さく、そう聞こえてきた。俺はそれにさらにぎょっとする。
 寝言、なのだろうか?…寝言にしてはずいぶん俺に都合がいいような…。
 そういえば、寝言には返事しちゃいけないんだっけ?ああそうだ、昔聞いたんだ。返事を返したら、夢の世界から戻ってこれなくなるんだ、って。
 でも、俺はそれに小さく、少しだけ期待を込めて返事を返した。
「…俺もだよ。」
 そう俺が言った瞬間、ヒロトが起きた。というか、俺の肩から退いた。と、同時に俺の心臓が一瞬止まる。
 そしてそのあと、止まったの分を補うかのように心臓がせわしく動き始める。それと、全身から汗が噴き出してくるような感覚になってきた。
 そんな俺を知ってか知らずか、ヒロトはのんきにあくびをしていた。
 俺は勇気を振り絞ってヒロトに聞く。
「…起きてた?」
「うん。」
「どこから?」
「頭のっかってからすぐくらい、かな。」
 完全に聞かれてるじゃないか!
 俺は今真っ赤に違いない。ああもう恥ずかしい!
「…ねえ緑川、今すごい恥ずかしいとか思ってるんだろうけど、俺のほうがその百倍恥ずかしいんだからね」
 その言葉に驚いてヒロトのほうを見ると、そっぽを向かれていた。



(え、ちょ、なんで?!)
(もうしらないっ!)




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