「ぜぇったいにおかしい!」

教室に入ってくるなり、及川はそういって岩泉の机にドンと手を突いた。クラス中の視線が及川に集まる。
岩泉は隣の席のクラスメイトとしていた会話を止めて身体を向けると、うるせえ、と一言。いつも通りの塩対応に岩泉と話していたクラスメートは笑った。
「及川ぁー、それ何回目だよ」
クラスメートのあきれたような声に、三回目!と及川は食い気味に返す。及川は岩泉の前の席の椅子を回転させて座ると、岩泉の机の上に突っ伏した。
「やっぱいねぇのか」
岩泉が聞くと、そのままの状態でう”ーと及川はうめいた。それから顔を上げる。

「なんで、飛雄ちゃんバレー部はいってないの?」

それに、でた、トビオちゃん!とクラスメートは笑う。それに笑い事じゃないんだよ!と及川は言うが、彼らには理解出来ないようだ。
当然だろう。
『影山飛雄がバレーをしていない』ということがどれほど異常なのかは、彼に会ったことのある人間にしかわからないのだから。


影山は、及川と岩泉の二個下の後輩である。彼は圧倒的なバレーセンスを持った、いわゆる「天才」であった。まだ片鱗しか見せていなかったそれを一番早くに感じ取っていたのは、ほかでもない及川だっただろう。背後に突然現れた、自分を凌ぐ才能。三学年という時期と、一度も勝てない相手の存在。加えて現れたそれに及川は追いつめられ、焦った。それほどまでに影山の存在は圧倒的だった。
影山はその他一切合切のことは滅法だったが、バレーのことにはいつだって真剣で、努力を惜しまなかった。誰よりも早く部活に来て、誰よりも遅く残っていた。きっと、部員の中でも一番と言っていいくらい熱心に練習していた。ボールにふれられるのが心底嬉しそうだった。たぶん、バレー以外なかった。
それを知っているからこそ、及川と岩泉は影山がバレーをしていないなんてあり得ないと思う。バレーをしていない影山が、二人にはいっさい想像できなかった。
北川第一のバレー部のレギュラーならほとんど推薦される青葉城西にではなく、古豪烏野に影山が進学したという事実は、影山を知る二人を少なからず驚かせた。しかし、影山が青葉城西に入学しなかった理由も、影山の中学最後の試合を鑑みれば理解できないことでもない。それに烏野は古豪と呼ばれるだけあって、バレー部が弱いわけではないのだ。数ある高校の中からわざわざそこを選んだのだから、影山はまだバレーをやめた訳ではないのだろう。そう及川は考えていた。
だがしかし、その考えに反して影山は烏野高校のバレー部に入っていないのだという。

(絶対、ありえない)

あのバレーバカに、バレーしないなんて選択肢、あるわけないじゃん。

及川はあることを決心して、いきなり立ち上がった。そしてずんずんと歩いて教室から出ていく。岩泉がおい!と声をかけると、及川は振り返った。
「なにする気だ?」
「確かめにいくんだよ」

*   *   *

放課後、烏野高校正門前。
そこに白い制服の男子高校生四人が何かを待ちかまえるように立っていた。もう部活も始まってしまい、校門をでる人もまばらである。そのまばらをさりげなくみては、目を逸らすことを繰り返しているので、ただでさえ目立つのに怪しさも満点である。
その目立つ集団の筆頭の及川が、耐えきれず声をあげた。
「全ッ然、出てこないじゃん!やっぱバレー部入ってんじゃないの?!」
及川がイライラとそういったのに、岩泉が声でけぇよボゲ、と及川を睨んだ。その横で国見はスマホをいじり、金田一は校門の先をぼんやりと眺めている。
「だいたいお前が一人でくればよかったんだよ!なんで俺たちまでまきこむんだ!」
「えー、だって一人は寂しいじゃん?」
「ふざけんなクソ」
「ちょっ、せめて名前はいれようよ!!」
「あの、もう帰ってもいいですか」
始まった漫才に国見がいじっていたスマホから顔を上げて、金田一の腕を肘でつつく。それに金田一は及川の方を見てすこし申し訳なさそうに俺も、と言った。
「だめだよ!飛雄がでてきたらどういうつもりかって問いつめなきゃなんだから!」
「岩泉さんもいってましたけど、なんでそれに俺たちまで巻き込まれてるんですか。…大体、部活はいってないなら、俺たちが着く前に帰ったんじゃないですか?」
「うぐっ、痛いところを…!」
国見の正論に及川が反論を返せないでいると、複数人の声が聞こえてきた。及川はこれ幸いと国見から逃れるようにその声の方向を向く。
及川の目に入ってきた、校門の方へ向かってくるその声の持ち主は並んで三人で歩いていた。そして及川の目はその中の、一番背の高い男に釘付けになる

「ーーーっていうわけよ!マジふざけんなって思ったわ」
「ぶっは、なんだそれひっでー!」
「マジかよ、それ笑うわ」

一人の話に反応してけらりと笑った男を見て、及川は目をむいた。岩泉もそれをみて同じように目を大きくさせていて、国見と金田一は少し青ざめていた。
そうしているうちにその三人は通り過ぎて、その会話がどんどん小さくなっていく。それに固まる四人の中で真っ先に動きだしたのは金田一と国見だった。
「おい!」
金田一が叫んでも三人の男中の誰一人として振り返らなかった。まるで自分が呼ばれていることになんて思いも寄らない様子で、話続けている。金田一はぐっと唇を噛む。国見が叫んだ。
「影山!」
それにやっと、三人の中で一番長身の黒髪の男がゆっくりと振り返る。彼は眉を寄せて、困ったような顔をして金田一と国見を見た。その表情は二人の記憶よりもずいぶん柔らかい。
だが、その相貌は影山飛雄と別人であるには似通いすぎていた。
国見と金田一はずんずん進んで、振り返った影山の正面にたつ。
「お前、何でバレーやってないの」
静かに、しかしいつになく強い口調で国見が聞くと、困惑した表情の影山は、横の二人と顔を見合わせた。それに国見と金田一がぎろりと睨めば、横の二人はなにしたんだよ、と影山をせっつく。それに影山は何もやってねーよ、と小声で答えたあと、やはり困ったような顔で国見と金田一を見た。
影山は、あー、と迷うような声を出した後で頭をかいた。
「何でバレーやってないの、って言われても困るっつーか……。そもそも俺、バレーやったことねーんだけど。」
そういって影山は頭から手を離すと、いぶかしげな顔で二人を見た。

「てか、お前ら、誰?」

その言葉に金田一と国見が言葉を失って、ただ影山を見つめる。本当に忘れているのかという困惑と、それに対する怒りで、頭が真っ白になったのだった。
影山は金田一と国見の言葉をしばらく待っていたが、何も言わない二人にしびれを切らしたようで、影山が行こうぜ、と横の二人を促す。それに、その二人は校門の方へ足を向けて再び歩き出した。影山もそれに並んで歩き出す。
その後ろ姿を、金田一、国見はもちろん、及川と岩泉もただ見つめているしかなかった。


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