目が覚めて、影山飛雄がまず感じたのは違和感だった。寝起きのぼんやりとした頭で感じる違和感に首を傾げるが、時計を見ればいつもの時間で、上半身も問題なく起き、特に身体が動かないということもないので、気のせいだろうということで納得させた。
起き上がると、また何と無くいつもとは違う感じが襲ってきたが、気のせいだと割り切って朝練に向かう準備をする。今日の午後には青葉城西との練習試合だ。遅れるわけにはいかない。
身支度が終わり、緩やかに湧き上がった尿意にトイレへと向かう。
トイレでそこで影山はようやく違和感の正体に気づく。

モノがない。

「…は?」

モノがない。

大切なことだから二回言いました、とかそう言うことでなく、影山がみた事実そうだった。二度見である。もう一度下半身を見てもう一度、は?と声をもらす。
影山は混乱した。当然だ。十五年と幾月か、生まれたときからずっと付き合ってきたものが突然消失したのだから。
影山がなんどパンツの中を確認しても、ずり下げて見てみても、履き直してもう一度みても、当然男としてあるべきはずのものはなく、影山は頭の中にクエスチョンマークを飛ばしながら、驚きで尿意は吹っ飛んだので何もせずトイレを出た。
そこから自室に戻るまでのあいだで、これは夢か?夢なのか???もう一回寝れば目覚める???よしなら寝ようと単純明快な結論を出し、部屋に戻るともう一度ベッドに横たわって目を閉じた。
しかし一度目覚めてしまった頭は練習試合のことを勝手に考え始め、眠りにいざなうどころかむしろ覚醒へと近づけて行く。そうなれば気になるのは当然自分の下半身に起こった異常のことで。このまま練習が出来るのか、ということを考え出してしまい、全く眠れない。
影山は眠れないことにイライラして、起き上がって枕をひっ掴むと衝動のまま壁へとなげた。
「うっぜーよ!どうなってんだよこれ!!」
誰に言うでもなく叫べば、ドタドタと階段を登ってくる音がしてバタン!と音を立てて扉が開いた。
「うるさいわよ飛雄!!!今何時だと思ってんの!!!」
その怒声に、母さんの方がうるさいだろ、と普段は突っ込まれる側の影山が突っ込んでしまったのも無理ないことなのである。

☆ ☆ ☆ ☆

「今日はおれの勝ちだな!」
そういってにかっと笑った日向に、そうだな、と気もそぞろに影山は返す。その影山の様子に日向は首を傾げながら、さっさと部室へと向かう影山に並ぶ。日向は今日の練習について一方的に話しながら、ふと違和感を抱いた。
「なんか影山…縮んだ?」
「ア"ァ?んなわけねーだろボゲが」
日向の一言にギロっと影山が日向を睨みつける。すごい目力である。
「ヒィッ、そんな怒んなくてもいいじゃん!!」
それに縮み上がりながら日向が言うと、影山はフン、と前を向いて先へ進んだ。
(縮んでんのか…もしかして最初の違和感それか…?)
影山は今日は人の隣に並ばないようにしよう、と心に決めながら、影山は部室のドアを開けた。

☆ ☆ ☆ ☆

着替え終わり、体育館へ向かったところで、影山は胸部に違和感を感じた。ぎゅっと胸のあたりのシャツを掴む。
(なんか…乳首痛え…)
どうやらTシャツと乳首が擦れてしまっているらしい。むずがゆいがどこかぴりぴりする痛みに、影山は眉をしかめる。いっそ掻きむしってしまいたいが、この場でそうするわけにもいかないし、そうすると悪化することは目に見えている。影山がどうしようかとうなる。
「影山、なんか辛そうだけど大丈夫か?」
後ろから突然話しかけられて、ばっと影山は後ろを振り返る。そこにいたのは心配そうな顔をした菅原だった。
「いや…あの、大丈夫です」
「…本当に?」
心配そうな菅原に、影山は大丈夫です、と繰り返す。
「ちょっとTシャツと乳首がこすれていたくて…それだけなんで」
その一言に、ちょっといいか、といって菅原はぺろっと影山のTシャツをめくって影山の乳首を見た。あ、と影山は思ったが、まぁいいかと騒がずに黙る。
菅原は患部をじっとみると、少し眉根を寄せて言った。
「うーん…腫れてんな…なんか塗っといた方がいいかもな。あと絆創膏はっとくとか。」
シャツを手放した菅原の一言にその手があったか、と影山は感動する。
「そうっすね。そうします」
さすが菅原さんだ、と思いながら影山は救急箱を探すことにした。

☆ ☆ ☆ ☆

「今日の影山なんか変!」
日向がビシッと影山を指差して叫んだ。谷地と共にドリンクをつくりに行くまえに清水からもらった絆創膏を二枚もって、今まさに貼ろうとシャツをめくろうとしていた影山は動きを止める。
「あ"?変ってどういう意味だ。喧嘩売ってんのか」
「売ってねーよ!けど、なんか、いつもと違う!変!」
日向が手をわちゃわちゃと振って必死に言うのを、影山は何を馬鹿な、と一蹴しようとしたが、それは澤村の一言によって遮られる。
「確かに、今日の影山はちょっと変だな。すごい距離取られてるような気がするんだけど。なにかあったのか?」
澤村のその一言に、それ俺も思ってた、俺も俺も、と周囲から続けられた同意の言葉に、影山はぐっと息を詰まらせる。現に影山は今も部員からある程度の距離をとっていた。一歩近づかれれば影山は一歩下がると言った具合である。
そんなことないです、と否定するが、じっと集まった視線に影山は諦めたように息を吐いた。
「実は…朝起きたらちんこなくなってたんです。」
真面目な表情で続けられた一言に、は?と場にいた全員が固まる。
「ごめん影山、もう一回いってくれる?」
「いやだから、朝起きたらちんこ「あーうんわかった、大丈夫。聞き間違いじゃ無かったどうしよう。」
清水と谷地が今ここにいなくてよかった…と冷静に安心しながら、仕切り直しとでもいうように一度咳払いをして澤村は影山に尋ねる。
「あー…その、ないってどういうことだ?」
「そのまんまッス。ないんすよ。」
ない、としか言わない影山に澤村は頭を抱える。
まさかそんなことがあるはずがない、と思うが、この後輩がそういった冗談をいうようにも思えない。かといって確認して本当になかった時どうすればいいのかもわからない。
どう転んでも困るのなら、このまま話を切り上げた方が全員の為なのではないかと澤村の考えが逃げの方向で固まり始めたときに、よし!と元気な声が響いた。
「じゃあ俺が見てやる!」
どーんと言い切った西谷に、なにいってんの?!と田中と縁下が叫ぶ。
突然の西谷の宣言に周りは慌てふためくが、当の本人である影山はいいっすよ、とそれをあっさり許可した。それによくないよくない!!!と成田、木下が叫ぶ。
しかしそれを一切無視して西谷が影山に近づいていく。影山は後ろを向いてハーフパンツとパンツを引っ張る。西谷はその中を覗き込んだ。
なんだこれ、と月島が思わずといったように呟いたが、それは今ここにいる部員の総意であり、現場はそれほどに異様な光景であった。
中を見た西谷がおぉ??と不思議な声を出してから、これマジで?挟んでるわけじゃなく?と影山に尋ねる。こく、と影山が頷くと、西谷が顔を上げてみんなの方を振り返った。
「すげえ!影山ほんとにちんこないっすよ!!!」
「ノヤっさん声でかい!!抑えて抑えて!!」
すげえ!ともう一度叫んだ西谷に、田中が焦りながらとめる。新種の動物でも発見したような西谷のはしゃぎ様である。
「ノヤ、それは本当なのか」
「はい!ないっす!俺が保証します!ないです!」
どん、と胸を叩いて言った西谷に、澤村は額に手を当てる。
「だから最初から言ってるじゃないですか」
後ろを向くのをやめた影山が、唇をとがらせながら言うのに、なんでお前はそんなに冷静なのだと問い詰めたくなったが、影山だからか、ともう澤村は思考を放棄した。
「じゃあ今の影山は女ってことですか?」
ぽつりと呟かれた声に、再び沈黙が落ちる。
その沈黙の中で、そういえば、と誰かがつぶやいた。
「そういえば身長が縮んでるような…」
ちょっと山口影山と並んで見て、という菅原の一言に、山口はおずおずと前に出てきて影山と並んだ。今度は影山も後ろに下がることはない。二人が横に並べばその差は一目瞭然で。
「縮んでる…」
その一言をきっかけに、部員の間にそういえば、の輪が広まった。
「そういえば声もいつもより高いような気がする…」
「そういえば目もいつもよりぱっちりしてるような…」
「そういえば…」
堰を切ったように、そういえばが繰り返される間に、菅原はだんだんと青ざめていった。
「じゃあ…さっき…俺がなんの気なくシャツめくってみたのって、おっぱい…」
呆然と言ったようにそう呟いた菅原に、なんかすいません、と影山が頭を下げて謝る。それに菅原はむしろこっちこそごめん!とすごい勢いで謝り返した。
そんな感じに状況証拠が着々と揃っていき、え?マジ?そんなことってあんの?と周りがざわめきだす。その空気を断つように日向はでも!と大きな声を出す。
「でも、オンナになったのに影山全然胸ねーじゃん!」
全世界の貧乳女子を敵に回すようなことを叫んだ日向は唐突に影山の胸を触った。
「ひゃんッ」
影山の口からもれた高い声に、場の空気がぴしりと固まる。
視線が影山に集まり、どうやらそれはその声を出した本人である影山にも予想外だったようで、目を丸くさせている。そして、胸を触ったままの日向と、触られたままの影山はだんだんと顔を赤くして俯いていく。大きな変化はそれだけで、他は時が止まったように動かない。
その中で最も早く我に返ったのは日向だった。
「やっ、あの…ごめん!!」
顔を真っ赤にした日向が影山の胸から手を離し両手を上げる降参ポーズをしながら言う。それに影山は俯かせていた顔を上げて叫んだ。
「…このクソボゲ日向ァ!!!!」
次の瞬間、日向が宙を舞った。


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