その夜。菅原は何ともいえない嫌な予感がして、目が覚めた。頭が寝起きとは思えないほどさえている。身を起こしてみると、こつ、こつ、というゆっくりとした足音を聞いてしまって、菅原はろうそくに火をつけて寝室から出た。
 そのろうそくのほのかな明かりを頼りに、玄関の方へ向かう。足音はもうしなかった。冷たい夜風を身に感じて、窓をあけたままにしてしまったのだろうか、と首を傾げる。
 結論から言うと、どの窓も開けたままにしてはいなかったし、風が入ってくるような原因は何一つだってなかった。そうなったのは、ひどく単純な外的要因。誰かが玄関を開けたから。菅原は玄関までついて、目を見開いた。
 玄関を開いた、黒い影。見覚えのありすぎるそのシルエットに、菅原は声をかける。
「かげやま…?どこいくの…?」
 それに、影山はぴたりと動きを止めた。そして、一拍あけて菅原に背を向けたまま影山は答える。
「怪我、治ったんで出ていこうと思って」
 さらりと返された言葉に、菅原は眉を寄せる。明らかに嘘だった。なぜなら、つい数時間前、いつものように自分が影山の足の包帯を変えたからだ。そのときにみた傷口は最初に比べればふさがったように見えたが、まだ完治にはほど遠いと言ったところだった。
「お前、まだ治ってないだろ…?」
 その一言に、影山が菅原の方を振り向いた。そして菅原は、振り返った影山のその瞳をみてぞっとした。ぞっとするほどに、冷たい目だった。初めて見る影山の表情に、菅原の背にいやな汗が浮かぶ。
 その冷たい目が、ゆるりと弧を描いていやな笑みになる。菅原の頭の中でがんがんと警報のようなものが鳴り響いた。いやな、予感がする。
 影山がその顔のままでまるで軽蔑するようにいった。

「アンタ、俺のこと好きでしょ」

 その言葉に菅原は目を見開く。
 そのまま菅原が固まっていると、影山はそっと目を閉じたあと、フッと笑った。
「やっぱり。俺、そんな人と一緒になんていられません」
 薄く目を開くと斜め右下の方を見ながら影山はそういった。
 それに菅原ははっとする。
「…お前、誰だ?」
 菅原には目の前の影山が別人のように思えてならなかった。それは自分が否定されたからかもしれないが、普段の影山に菅原のことを軽蔑するような態度は見られなかったし、影山はそれを隠せるほど器用ではないはずだ。もしそうだったとしても、きっと、面と向かっていうだろう。
「は?なにいってるんですか?」
 訳が分かりませんと言ったように眉をしかめた影山をにらむ。
 そして菅原は言い切った。
「影山はそんなに目をそらさない。…本物だって言うなら、ちゃんと目を見て、そういって。」
 その一言に影山はきょとんとした顔をして菅原をみた。相変わらず睨んでいる菅原に、影山はくっと俯く。ふるふると何かに耐えるように肩をふるわせたあと、ぱっと顔を上げた。その瞬間に、冷たい風が吹き込んで、菅原の持っていたろうそくの火を消す。
「あっはは、バレちゃったぁ? 結構上手に出来たとおもったんだけどなー」
 そういった影山の目は、いつもの青みがかかった黒色ではなく、真っ赤な色をしていた。暗く、月明かりでぼんやりとしたあたりで、それは不吉に光って見える。
 菅原は、ぶわりと全身の肌が粟立つのを感じた。かけめぐる嫌悪感。
「お前、誰?」
 ピリピリとした雰囲気をまとって菅原は問う。それにも全く動じず赤い目の影山は相変わらず笑っていた。
「まぁまぁ。そんな威嚇しないで。俺は及川徹。魔王、って称号をもらってるよ。キミにはこっちの方が馴染みがあるかな?」
 にやりと影山が笑う。及川が操っているのだろう目の前の影山は、くるくると表情が変わった。
「影山に、なにをした?」
 敵意をむき出しにして菅原が問うと、影山…いや、いまは及川だろう…は目をすっと細めた。
「わかってる?今この身体はトビオのなの。俺を攻撃したら、トビオが死ぬよ」
 そこまでいうと、ああ、攻撃はできないんだっけ?とバカにするようにいった。菅原はそれにぐうっとうなる。それに及川は至極楽しそうに影山の顔でにっこりと笑った。
「ね、今はまだ出来て数十分だからさ。ちょっとくらいつきあってよ。いいでしょ?」
 菅原はにらみながら黙る。それに及川は心底楽しそうに、歌でも歌うような軽い調子で話し出した。
「トビオの身体にはね、俺の魔力が流れてんの。あ、もちろん最初から流れてた訳じゃないよ?キミがトビオの足のけが治そうとしたのに治んなかったのはそのせい。」
 俺の魔力と、君の魔力が拒絶反応示してたって訳、といってくるりとその場で一回転すると、及川は菅原をみてにやっと笑った。
「いずれ、全身に回った俺の魔力がトビオの精神を支配するだろうね」
 おかしくてたまらないといった様子でそういった及川に、菅原は目を見開く。
「そうなったら、影山は」
「それはご想像におまかせ。…おっと時間切れ。それじゃあね、爽やかくん。」
 にっこりと笑ってそういったかと思うと、その身体が膝から崩れるように倒れる。菅原はそれにあわてて駆け寄って影山の身体を抱きとめた。力の入っていない身体を支えるのは難しかったので、ゆっくりと床に身体を横たえさせる。すると、その途中で身じろぎをしてから、影山が薄く目を開けた。露わになった深い群青の瞳に、菅原が映っている。
「ん…、すがわら、さん…?」
 寝ぼけたような口調で菅原を呼ぶ影山に、思わず菅原は影山の背に腕を回した。えっ、と戸惑ったようなうわずった声が菅原の耳に届く。菅原はそのすこしだけ冷たい身体に、及川の気配を感じる。その体温が早くあがるように念じながら菅原は影山を抱く。
「さっきの、覚えてる?」
 菅原がそう問うと、影山は眉をしかめて少し首を傾げた。
「? わからない、です。さっきってなんですか…?」
 本当にわからないといった様子の影山に、菅原はぎゅっと回した腕の力を強めた。そして菅原は、ならいいんだ、なら、と言い聞かせるように言う。それに影山は、菅原の自分の背に回る腕を戸惑いがちに少し引っ張った。
「菅原さん、どうかしたんですか、なにか、あったんですか」
 すこし固い声色で、影山が菅原に聞いた。それに菅原は一度抱きしめるのを止めて、影山を真正面からとらえた。いっそ愚かなほどにこちらしかみていない目は、菅原には少しだけ心配そうにみえた。
 それに、ああ彼は本物だと安心しながら、菅原もその目を見つめる。心は先ほどとは一変して、不思議なほど穏やかだった。

 この子のために、出来ることをしよう。


「あのね、影山。今からすごく大事な話をしようと思うんだ。」


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