その他 | ナノ


純粋恋心




書子は良い子だね、その一言が欲しくて、私は何だってやった。

(書子ってなまえ、良い響きだね)

フツウと少し違う私の事を恐がらない人間は、私と同じような存在を抜いて、彼女しかいなかった。
名字名前というその人間は、いともあっさりと私の作っていた壁をぶち壊して、睨みつける私に手を、差し伸べたのだ。
彼女は、私と同い年の癖に、妙に達観した空気を持つ女だった。あまりにも大人っぽい彼女を、最初こそ普通《ゴミ》の癖に気持ちが悪い、と拒絶したものだが、気が付けば私は彼女に寄り添って眠る事が出来るくらいに彼女に気を許していた。
居心地が良かったのだ。普通《ゴミ》である筈なのに、私が忌むべき人種である筈なのに、どうしてか、名前の傍は、とても心地よい空気に満たされていた。そんな人間に柔らかく微笑まれて、友達になろうよ、なんて言われたら、断る事など出来る訳がない。

素敵だった。気ままで意地の悪い猫のような彼女と一緒にいるのが。私にしては有り得ないくらいに心を掻き乱されて、それが良いとさえ思えた。好き、だった。いや、好きなのだ。私は彼女に、性別の壁さえ超えた先の愛を向けているのだ。

「私は、貴女の為にフラスコ計画に手を貸したのですよ」

好きになればなるほど、私と彼女の間に存在する障害というのは無視できなくなる。何もかもが私と彼女を引き離そうとしているようだ、と、そう思えるくらいで。
性別も、そうだろう。私の性格も、そうだろう。けれど、それよりなにより、私と彼女には決定的に違う箇所が存在するのだ。ああ、全く、神様というのは私の事が嫌いなのかと、そう泣き叫びたくなるくらいに。

「私は異常《アブノーマル》なんですよ」

ぽたり、と涙が零れるのが、分かる。床に落ちて、じわりと広がる。ぽたぽたぽた、ぽたり。こんなもの、自分の意思で止める事など出来やしない。だから私は泣きながら叫びながら、目の前の素敵なヒトを見据える。
異常《アブノーマル》。それが、私と彼女を隔てる壁。困るんですよね、こういうの。どう足掻いたって、敵う訳がないじゃないですか。性別は、無視しようと思えば無視できる。性格だって、私が変われば良いのだ。けれど、性質は。こればっかりは、どう足掻いても、変わる事なんてできない。どうやら私は神様に見放されているようだ。

「どう考えたって、普通《ノーマル》である貴女とは違うんですよ。……しかも、私は、最悪の部類でしょう?異常中の異常、それが私なんです。酷いと思いませんか、悲しいと思いませんか。私がどうしたって、この最悪が消える事はないんですよ。ねえ、どうして」

「どうして私がこんな思いをしなければならないんですか?」
彼女を好きになったのは、彼女を、名前を愛してしまったのは他ならぬ私だというのに、……彼女が悪いような言い方、嫌だったのに。したくなかったのに。
案の定、こんな変な私に好かれ一方的に愛されるだけの名前は苦い笑みを浮かべている。違う、私は、貴女にそんな笑みを浮かべて欲しいんじゃない。出過ぎた願いだと知っていても、私は、貴女に……。
ねえ、と彼女が声をあげた。多分、今日初めて、彼女の声を聞いた。いつもと変わらない声音に、安心するような、悲しくなるような。顔を上げて、と彼女は言った。私は彼女の事が好きだから、言われた通りに、顔を上げる。(うわ、あ)すごく、近くて、心臓が高鳴る。

「私は、そんな事を気にしない」
「…嘘だ」
「嘘なんて物はつかない。私が君に嘘をついたことはないのだから」
「……それでも、嘘」
「……どうしたら、信じてもらえるかな」

今度こそ呆れたように笑って(ぎり、と心が痛む)、そして、名前は私の手を掴んだ。
ちゅう。子供のような、無垢で、純粋で、優しさに溢れた、そんな。「…!」思わず目を閉じる。力が込められた両手は、けれど、彼女の指が触れると、ふうっ、と緩んだ。(ああ、なんて事、しているの)まるで信じられない、けれど、信じるしかない。私は今間違いなく名前にキスをされていた。
す、と唇が離され、ゆっくり瞼を開けると、そこには今までに見た事のないくらい柔らかな笑みを浮かべた彼女がいる。夢を見ているのでは、そんな事を考えてしまうくらい、今のこの瞬間というものは、私には信じがたいものであり、……同時に、夢に見るくらい渇望していた幸せな世界だった。

「これで、信じる?」
「……どうして」
「どうして?」
「どうして、私なんかにキスをしたんですか!?私は異常《アブノーマル》で、異常で、笑いながら、平気で人を殺せるような、そんな人間なんですよ」
「君が好きだからだよ」

当たり前じゃないか、と。寧ろ私の方がおかしいような、そんな声音で彼女は言った。

「嫌いだったら、私が君に近づくか。私は君の事が好きだから、君に、上峰書子に声をかけたんだよ。傍にいて、微笑んで。そんな事を、嫌いな人間にするか」
「でも、私は異常《アブノーマル》なんですよ、名前さん」
「関係ないな。そんな物は、私が君を好きになることへの障害になりえない」

多分、抱きしめたのは、私からだった。キスするくらい近い距離にいた彼女を引き寄せ、ぎゅう、と抱きしめたのは、私からだった。けれど、彼女は、名前は逃れようとしない。それどころか、私の背に手を回して、抱きしめ返してくれたのだ。「ねえ、書子。私は、君の事が好きだよ」分かっている。分かっているから。充分すぎるくらいの幸福に包まれて、ああ、こんなに幸せでいいのだろうか、そう考えてしまいそうな程。
「好き。好き、好き好き好き」うわ言のように呟く私を咎めるものなどいはしない。だって今は二人きり。巨大なフラスコの6のメモリで、私と彼女は愛を育むの。



「けれど現実はそう甘くはないのですよ」





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -