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死して屍笑うものなし




ざくり。深く深く、彼女に侵入するそれは、冷たく暗い、私のナイフ。

「……どうして」

途端に力を失くした彼女は腕を私の背から離し、自らの胸に突き刺さるナイフを、…否、自分の胸から突き出ている柄を、じっと見つめていた。泣き叫ぶような事をしないのが、少々意外ではある。
口から押し出すような呟きを拾い、私は目を見開いた。彼女からそっと離れ、一種の芸術とでも言えるような彼女の姿を、しっかりと目に焼き付ける。

「人間、その場ではどう思っていても、成長するにしたがって、ゆるやかに変化してゆくものなのですよ」

ああ、だから、やはり彼女の言葉を信じる事が出来ないのだ。申し訳ないな、と思うけど、でも、仕方がない。

「今は平気でも、絶対に、私の事を気持ち悪く思うようになる。ええ、絶対、ですよ、確信を持っていいます。だって私は、異常《アブノーマル》なのですから」
「……ああ、君は」

そういう子だったね、と。
今にも死にそうなのに、彼女は口を動かすのを止めない。見ているこっちがはらはらしてくる。ああ、困ったな。こうしたのは私なのに、少しだけ後悔している。
いつか彼女が、私から去ってゆくのなら(それはそう遠い未来ではない)。そんな悲しい事になるのなら、いっそ、幸せな瞬間で止めてしまおう。初めてそう考えたのは、随分と前だった。
絶対に、許されない。私から離れるだけでなく、他の人間を目に映し、その人間に笑いかけて、キスをして、その先の事をするような、そんな彼女にはしたくない。私以外を見る彼女など、私には許容できない。そんな物は、許されないの。

「安心してください、名前さん。私は貴女の全てを愛します。だから、貴女が死んでも、貴女の事を愛します。魂の有無は、関係ないのです」
「……そう、か」
「けれど。貴女が他の人を見るのだけは許せません。愛せません。だから、殺しました。そうならない内に、殺しました」

フラスコ計画は、普通《ゴミ》が異常《アブノーマル》へと変わってゆくための物だった。しかし、学園長により計画が凍結されてしまった今、私の夢も儚く潰えた。
「貴女が異常《アブノーマル》であったのなら、良かったのに」異常《アブノーマル》であったなら、私の事を拒絶するような真似はしないだろう。だから私はそれを思って、計画に協力した。
けれど。それが出来なくなるのであれば。彼女が、普通《ノーマル》であり続けるのであれば。仕方がない。仕方がないのだ。

「好きですよ、名前さん。愛しています。ええ、だから、殺しました。貴女を貴女のままで私の心に存在させる為に」

まばたきなどしたくない。今この瞬間の愛する人を一秒でも目に焼き付けてしまいたい。だってこの瞬間はいつか終わりを告げてしまう。だから私は、見逃すような事はしたくない。

「私、も」

どさり、と彼女が倒れた。(私も)その言葉の先は、何なのだろう。「名前さん、続きは」問いかけて、揺すりかけて、私は、彼女がもう息をしていない事に気が付いた。(あれ、)これじゃあ、言葉の先が聞けないじゃないか。名前。「ねえ、名前さん、ねえ」冷たい肌に手を当てて、聞いているの、と、そう問いかけて、……私は知る。

「死んだら、もう、おしまいなのですね」

当たり前じゃないか。私は今、彼女を殺したのだ。ナイフを突き刺して、殺したのだ。喋る訳がない。いや、喋る事など出来やしない。……まったく、馬鹿だ。馬鹿すぎる。とんでもない、大馬鹿め。
(私はもう、この言葉の先を聞く事ができない)ぽっかりと胸に穴が開いたような感覚を覚えながら、私は彼女の屍を抱き上げる。ずっしりと重い彼女に、優しく微笑みかけた。
私は彼女と同じ風に笑えているのだろうか。今となっては、それを教えてくれる人間はここにはいないのだけれど。


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