「え、春奈ちゃんってお兄さんいんの」
衝撃的…でもないか、まあそんな新たな事実に齧っていたポテトチップスをごくんと飲み込む。大好評だったカレーを頂いた後、母さんと父さんは春奈ちゃんの衣類を整理しに二階へと上がった。手伝おうかと言ったけれど、母さんは茶目っ気のある笑みで「莢君は春奈ちゃんとお話でもしてなさい」とウインクしてみせる。そんな訳で居間には俺と春奈ちゃんの、二人しかいない。食後のポテトチップスを口に運びながら、春奈ちゃんはうん、と頷いてみせた。先ほどの件があって敬語は外れている。年下に敬語を使われるのは苦手だし、妹となればなおさらだ。ただ彼女も癖なのか、いくらか名残は残っているが。それにしても冷房が効きすぎて少し肌寒いな。
お兄さん。この場合、俺の事ではない。血の繋がった実の兄、ということだ。
「なんて名前?」 「有人、っていうの」 「ふうん。そのお兄さんも、引き取られたの?」
こくりと頷いてみせ、春奈ちゃんは曖昧な笑みを浮かべた。「どこにいるのかも分からないの」「…そう」辛いことなのかもしれない、今まで一人っ子だった俺には分からないけれど。ここの所ばたばたしていたから忘れていたのかもしれなかったけれど、よく考えれば、血の繋がった兄と離れた事になるんだし。いきなり引き裂かれてよく分からない内に音無家の一員になって、不安は相当な物だろう。大人びているなあとは思ったけれど、彼女はまだ幼い子供だ。
「辛かった?」 「…そりゃあ」
泣きそうな表情になった彼女を、慰めることは簡単だ。大丈夫?辛かったね、悲しかったね、よしよし。だけれど今この状況でそんな言葉をかけるのは俺はあまり好きではない。大丈夫?大丈夫じゃないに決まっている。辛かった、悲しかった、分かりきっていることを言われてもどうにもならない。所詮人の痛みなど他人には分からないもので、だから、安易に言葉を紡げば逆に傷ついてしまうことだって多い。うつの人に頑張れなんて言葉をかけてはいけないのと同じことだと俺は思う。
「俺もお兄ちゃんだから」 「え?」 「…俺も、春奈ちゃんの兄だから。音無莢。音無春奈の、兄」
春奈ちゃんも『音無』なのだ。前の名字を俺は知らない。彼女の実の兄を俺は知らない。それでも彼女は音無で、俺も音無だ。余計な事を考えず、俺は彼女を可愛い妹として、見ればいい。
「春奈ちゃんの相談は聞くし、一緒に笑ってあげるし、一緒に怒ってやってもいい」 「…ごめんなさい、ありがとう」
うつむいていた彼女は、そう言い無言で俺にしがみついた。静かな部屋に嗚咽が響く。春奈ちゃんの柔らかい髪を撫でる。不器用な兄でごめんなさい、けれど、抱きしめてあげることはできる。確証のない不確かな言葉より、分かりきった言葉より、大切な事実を。愛して欲しいとは言わないけれど、彼女のお兄さんの姿を俺に重ねてくれても構わないから、俺を兄と見て欲しい。…なんて、随分と子供じみたお願いだ。腕を絡めて、背中に手をやり、あたたかさを分け与える。兄として。
あたたかい、肌を
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