愛lovesister! | ナノ




「莢君!これ見て!」
「ん?」


テストも終わり、久々の休日を満喫していた時だった。自室のドアをノックする音が聞こえたので読んでいた本を閉じ、内側からドアを開くと、そこにいたのはやはりというか同じく休養中の春奈ちゃんで。彼女の身長にぴったりのひまわり柄のエプロンを着たまま手をずいっと差し出してそんなことを言うものだから、なあに、と差し出されたものに視線をやる。と、彼女の小さい手のひらにあったのは美味しそうなクッキーたちだった。チョコチップやプレーンなど基本的な種類のそれはとても美味しそうで。「美味しそうだね」と微笑むと、俺の反応に気をよくしたらしい春奈ちゃんは満面の笑みで言った。


「えへへ、これね、おかあさんと作ったの」
「へえ」
「私もちゃんと作ったんだからね!きじこねたりー、きったりー」


わかってるよ、と頭をぽんぽん撫でてみる。そういえばさっき新聞を読むため下に降りた時、キッチンのほうから何かを焼いているような香ばしい匂いがしたような気がする。エプロンをつけて忙しなく動く二人に特に言及はしなかったけれど、そういうことだったのか。言われてもう一度そのクッキーを見つめると、なるほど確かに。市販のような正確な円形ではなく、手作り感あふれるぼこぼこな表面だ。こういうのもあるのよ、と後ろ手に持っていたらしいクッキーその二を俺に自慢げに見せてくる。今度のクッキーはただの円形ではなく、うさぎやくまといった動物の形に模られていた。ええと、確かこの形は見たことがある。ああ、そうだ、棚にしまってあった型抜きだ。昔母さんが上機嫌で買ってきたものの当時は息子の俺だけで特に使う機会を得ずに棚の奥にしまってあったやつだ。ふむ、春奈ちゃんがいかにも好きそうな型だしなあ。とっておいてよかった。当の本人はと言えば本当に楽しそうにしていた。お菓子作りが好きだなんて、さすが女の子といったところか。


「可愛いね」
「でしょ!」


そうして春奈ちゃんは、そのまま円形のクッキー達の中からとくに良くできている一枚を取って、「あげる!」なんて言った。「いいの?」「いいの」好意は甘んじて受け入れようと、そおっと受け取って、プレーン味のそれを口に含む。ぱき、と小気味良い音をたててざらざらとした感触が口内に広がってゆく。あら、美味しい。ゆっくり味わってから、俺を見上げる春奈ちゃんに視線をあわせ、にこりと笑う。「美味しいよ」その言葉に当たり前でしょ、とでもいうように胸を張って、小さな妹は「えへん!」と声をあげた。ちょっと待ってなにこれかわいい。




_________




「ということなんだよ」
「なんか最近俺の出番多くないか」
「そういうメタな発言はちょっと困るな」


まあ言いたいことはごもっともですが。そんな事を心の中でつぶやきつつ、俺は帝国学園サッカー部室で有人君となんてことない会話を続けていた。テスト終了直後は先生方の都合でどの部活も休みなのだが、長い勉強から解放された生徒たちは羽を伸ばす意味で勝手に部活動をしていることが多い。ここサッカー部もつい先ほどまではそんな人達でごった返していた。今はグラウンドの方で練習でもしているんだろう。ちなみにそんな人達の中には勿論というか、九重もいた。ただあいつの場合羽を伸ばすとかそういう安堵からくるものではなく、辛い現実を忘れていたいという理由でユニフォームに着替えたそうだ。今回のテストは難しかったから、仕方ないっちゃ仕方ない。数学の範囲が直前になって変わったときはかなり焦ったしなあ。さて。まあ、ここまで言えば勿論だが、俺もそういう久々のサッカーをやりに部室までやってきたわけだ。有人君とは総帥の部屋の前でばったり会った。最近よく総帥に呼び出されているみたいだが、彼がたまにため息をつく姿はひじょうに悲哀を思わせる。お勤めご苦労様です。


「まあそんなわけで、俺もクッキーを作ってみた」
「ああ、そういう流れなのか」
「流れって言っちゃう?流れって言っちゃうの?」


鞄から包装紙にくるまれたクッキー達を取り出し、有人君に差し出す。戸惑いがちに受け取った有人君は、そっと包装紙を鼻に近づけて匂いを嗅いだりしている。今日有人君に渡せなかったら自分で食おうとか思っていたけど、偶然とはいえ会えてよかった。こういうときに年齢差というものは面倒くさいのである。俺が初等部行くと変な目で見られるし。まだ中一なのに。


「ありがとう」
「うむ」
「それにしても、唐突だな」
「いや、なんか、形作りが予想以上に楽しくて」


最初は春奈ちゃんに莢君も作ってよとせがまれたからなんだけど、無心で生地をつくっては型を押し生地をつくっては型を押しを繰り返していたらいつの間にか膨大な量になっていた。だからおすそ分けという形なのである、あくまでも。ちなみに今日もし河原にいたら円堂達にもくれてやるつもりだ。子供はいい、たくさん食べてくれるから。こらそこ餌付けとか言わない。確かに絵的には間違ってないし一歩間違えたらお菓子をエサに子供を誘拐しようと企むいけないお兄さんに見えなくもないけれど、断じて。断じて違う。俺は!無実だ!


「……何ガッツポーズしてるんだ?」
「…………昔を思い出して」
「…食べていいか?」
「いいともー」


俺の言葉に有人君は包装紙をぺらりと剥がしにかかる。小学生なのに学校でものを食べることに関して戸惑いがないのはこれ少しまずいんじゃなかろうか。まあ有人君だしいいか。これが円堂なら叱るけど、有人君だとみょうな安心感が芽生える不思議。さて、有人君はきりん型のクッキーを真っ先に取り出して、ごくりとつばをのんだ。初っ端からきりんを行くとは流石である。長い首かはたまた胴体か。どちらからかじりつこうかと有人君の首はゆらゆら揺れる。まあ、その、なんだ。


「有人君って可愛いよね、仕草が一々」
「…俺だって怒るときは怒るんだからな」
「またまたぁ」


けらけらと笑う俺を後目に、有人君はついに首からかじりついた。残酷。「美味しい?」そう聞くと有人君はちらりと視線だけこちらに向けたあと、こくりと頷く。口の中にクッキーが入っているから喋ることが出来ないんだろう。そのままもしゃもしゃと俺の力作を食していく有人君。こころなしか目が輝いている気がする。まあ、美味しいと思っていただけたなら満足だ。特に意味もなくぼーっと有人君の食事姿を見ていると、ふと悪戯心が芽生える。


「ゆーうとくーん」
「…なん、」


ぷにゅ、と音がしそうなくらい柔らかいのは有人君のほっぺたである。振り向かせてほっぺたを人差し指で押すっていうのは結構俺達の年齢でも通用する古典的な悪戯であり、まだまだ子供な有人君にはそれこそ効果絶大みたいだった。現にあっけなくひっかかってくれた彼は、ぱくぱくと口を金魚みたいに開いて、そうして己の失態に気づいて、ぼおおっと顔を真っ赤に燃やしてしまった。「わ、真っ赤」俺の声なんて聞こえていないようで、ただひたすらに「なななななな」と呪詛のように呟いている。


「ななな…っ何を!」
「ぷにぷに」
「ばか!莢のばか!ばかばかばかばか!ばか!」
「お、おおう」


なにこれかわいい。今にも飛びかかってきそうなくらい顔を恥ずかしさに歪ませた有人君は、それはもう…。ご馳走様です。そんな事を思っているのがバレたらしく、思い切り脛を蹴られた。いてえ。ただそんなときでもクッキーだけは死守してくれるのが有人君の優しさなのである。




_________




「もうすぐだね」


俺の言葉に電話の向こうの相手は小さく同意の言葉を呟いた。月一でこうして電話はするけれど、会うことが出来るのは年に一度くらい。…まあ、会おうと思えばいつだって会えるけど、お金もかかるし。ああ、とても楽しみだ。皆、元気にしてるかな。たわいない会話をしているととつぜん電話の向こうが騒がしくなってきた。聞き覚えのある声が俺の名前を呼ぶ。なんだかむず痒いな。


「ふふ、それじゃあまた」


ガチャリ。



甘ほろ苦めなメモリーズ




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