■ 僕のもとに就職希望


プー!プー!プー!
どういい表現で捉えようと思っても、何故かそうとしか言い表せないラッパの音。時折屯所内に響くその音を聞くと、今日も美結はがんばっているのかと隊士たちは思う。俺たちもがんばるか、とも。

「ぷーぷーぷーぷーうるせぇな、お前はどこのぷー太郎だ」
「ぷー太郎じゃないもん華の女子高生だもん」
「どうせならなんか曲吹けよ、さっきからマジでぷーぷー言ってるだけじゃねぇか」
「仕方ないじゃん、今チューニング中なの」

天高く響くトランペットの音。上手いもんだとは思うが、土方は楽器のことなんてよく知らないし比べる対象もないので、実際彼女がどれほどのレベルなのかというのはわからない。
だが楽器を始めた当初に比べると、格段にレベルアップしているのはわかる。

「しっかし三年目にもなるとやっぱちげぇな。最初は聞くに堪えない音ばっか出してやがったが」
「あ、ひどい。そんなの初耳。兄さんはいつも『上手だな』って言ってくれてたよ」
「おめぇは褒めて伸びるタイプだってみんなわかってるからだよ」

美結はずっと自分はそこそこに上手い方だと思っていた。ショックだ。やっぱ最初は下手だったのか。その音に酔いしれてた自分乙。

「まぁそこまで上達したのにあと数ヶ月で終わりってのももったいねぇな」
「何言ってんの?部活は終わっても、私トランペットは続けるよ」
「そうなのか?」
「就職したらどっかの楽団とか入ってね、トランペット吹きたい」

就職?

「お前就職すんのか?」
「え?うん、高校卒業したらね」

当たり前のようにそういった将来のことを考えていた美結に驚いた。いや普通は考えるもんなんだろうが。なんていうか、いつの間にこいつはこんなにしっかりするようになったんだろう。
そして土方は今更になって思った。そういや卒業後の進路とか考えてやらなきゃいけないんだよな、俺も。子供に任せっきりはよくない。こういうことは、一緒に考えてやらねば。

「どこで働きたいんだ?」
「んー、わかんない。特にやりたいこととかないし…ていうか今就職氷河期だし。選んでなんかられないでしょ。お父さんたちに早く学費返すためにも、働かせてくれるならどこでもいいよ」
「そんなんでいいのか?ある程度ジャンルぐらいしぼっといた方がいいだろ」
「えー…うーん、じゃあ考えとく」
「おう」

こいつも来年には働く社会人になるのか。想像つかねぇな。こんな甘ちゃんがいきなり広い世界へ放り出されて一人でなんかやっていけんのか。
一年も先のことにもう不安になる土方。同僚からのいじめ。上司からのセクハラ。話題の社会問題に、うちの子供が巻き込まれない可能性はゼロじゃない。ネガティブな想像ばかりが頭の中を駆け回り、彼は思わずぽつりと漏らしてしまった。

「俺のとこに就職すればいいのに」

小さな声の割りになぜかはっきりと聞こえたその言葉は、場に沈黙をもたらした。
なんだ俺のとこに就職って…!土方は自らの発言に唖然として、手にしていた煙草の箱を床に落とした。ふざけんなよ俺なんだそれ、俺の嫁に永久就職か、氷河期も関係なしか!阿呆な発言だった。今の無し。

一方美結はといえば土方と同じく唖然とし、だらしなく口をぽかんと開けている。
けれどその顔は瞬く間に赤く染まり、まるで湯気でも出そうな状態になっていった。

「お、おおおお俺のとこって…!?」
「待て、違う、今のは無しだ、なし!」
「そ、そりゃ最終的には誰かのお嫁さんには収まりたいと思ってたけど…!」
「だから待てって、間違えたんだ、勘違いすんな!」

勘違いなどではなく正当な認識であるはずなのにひどい言い様である。
っていうかそこまで本気になって全否定しなくたっていいじゃない、と美結はショックを受けた。

「え、じゃあ何、今のは私のことからかっただけ!?ひっどー!兄さああああん!十四郎さんが美結のこといじめたああああ!」
「だああああああ!待ててめぇぇぇぇえ!」

さっきまでめずらしく進路について話してたはずなのになぁ…
と、廊下をどたどたと駆けていく二人を眺めながら、影で一部始終を見ていた山崎は美結を慰めたいような土方を慰めたいような複雑な気持ちになっていた。

とりあえずこの後局長に副長が叱り付けられることは間違いないから副長を労わってやろうかな。



 
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