■ むかしのはなし


私は近藤家の養女だ。

私の本当の父親と母親が、今の父さんの妹夫婦にあたる。
近藤家に引き取られたのには、父と母が不慮の事故で突然亡くなったという経緯があったのだが、その両親というのがお世辞にも、世間一般的に言う『いい親』とは程遠い人たちであったため彼らがあまり好きではなかった私は大したショックを受けなかった。

でもだからこそ幼い頃の私は、養女になってからというものカルチャーショックに苛まれてばかりだった。
かつての父や母よりよっぽどやさしく真摯に私と向き合ってくれる家族に戸惑い、感謝することも忘れていつも勝手に肩身の狭い思いをしていたのだ。

だから私にとっては、『家族』ではない十四郎さんの傍が一番心地よかった。





「とーしろーさーん!またそーごくんが美結のこといじめたー!」
「だから泣き寝入りしねぇでやり返して来いっていつも言ってんだろうが」

美結は涙と鼻水で顔をぐしゅぐしゅにしながら土方の背中に飛びついた。
土方はそれを引っぺがそうと体をぐわんぐわんと揺らす。しかし少女はしがみついたままちっとも動かない。
諦めた土方は大きくため息をつき、適当な木陰に腰を下ろした。少女の足が地に着き、着物を握り締める力が弱まる。

内気で言葉少なだった少女はすっかり彼に懐き、明るい表情を見せるようになっていた。
敬語をとることにも徐々に慣れ、子供らしさがよく出ている。そんな子供に土方は毎日毎日付き纏われ、余計なアドバイスをしてしまったかと若干後悔していた。
なぜ自分がこんなに懐かれているのかもよくわからない。この子供は趣味が悪い。

「ぐずっ…だってそーごくんつよいからムリ…っ」
「端から諦めんな、なんのためにてめぇは門下生に混じって刀振ってんだよ」
「いつかのためのごしんようだって、にいさんはいってたもん。ろりこんのおじちゃんに おそわれそうになったらちゃんとはんごろしにしなさいって」

この娘はどういう教育を受けてやがんだ。

「ったく…なら泣くな。てめぇが泣くからあのガキがおもしろがるんだろうが」
「じゃあどうすればいいの?いじめられてわらえばいいの?」
「…あー…余計おもしろがるかな」

じゃあ結局泣き寝入りしかないじゃない、と子供はむくれた。
総悟と美結は歳こそ一つしか違わないが、そこには絶対的上下関係が存在していた。とりあえず強い奴が勝ちなわけだけど。つまりそれでは力の弱い人間にはいつまでも、花咲く機会が与えられないということである。
敬愛する近藤先生の妹などというおいしいポジションを一夜にしてゲットした美結は、いじめっこ沖田総悟にとっては土方に匹敵するぐらいの妬みの対象で、しかし土方よりいじめやすいという格好の獲物だ。
美結はいつも彼に泣かされてばかりいる。
子供は子供で難しい社会で生きているのだなとつくづく思わされる。

「ねぇ、とーしろーさんから、そーごくんになんとか言ってよぉ…」
「俺が何言ったって意味ねぇよ」
「…それもそうか」
「おい」

美結は土方から離れるとその隣に腰掛けた。
目にはまだ次から次へと涙が溢れ出てきていて、時々しゃくり上げては苦しそうにしている。
土方はその、ふいに揺れを起こす小さな頭に手を置いて少々雑に撫でた。

「泣くなっつってんだろ」
「なんで…?」
「なんでって…うるせーから」
「うぐ…わかった…」

ずびび、と鼻をすすった子供は自分の袖でごしごしと顔を拭き、大きく息を吸うと口を閉じた。何故か息を止めているらしい。それが泣き止むための術なのだろうか。
外に吐き出されない嗚咽が体の中で弾け、時折びくりびくりと体が揺れては、子供は小さな紅葉のような手で口を覆って、それを漏らさないようにと必死の形相を作る。
その様子を見て土方は思わず噴出し、必死な様子のその子にねめつけられた。
「悪い悪い」そう言って、口元を塞いでいるその手を外してやる。すると子供はきょとんとした顔で「ひくっ」としゃっくりのようなものを漏らした。

「まさか泣き止む方法がそんなんだとは思わなかったんだよ」
「…?このやりかたは、だめ?」
「いや、だめっていうか…」
「でもっこれいがい、しずかにできるほうほう…しらないから…ひっく」
「ちょっと静かにしてりゃ収まるもんなんじゃねぇのか」
「そう…?こっちのほうがはやいよ」
「こっちが見ててしんどいからやめろ」
「みてて、しんどい…?」
「ああ」
「ふうん…」

ひっく。
また嗚咽が漏れる。涙はもう出てこないが、泣いた後の感覚が抜け切らない。

「おとうさまとおかあさまは、そんなこといったことなかった」
「………」
「いわなかっただけで、おもってたかな?」
「…かもな」

土方の答えに美結ははにかむ。

じゃあこのなきやみかたは、やめるね。
笑ってそう言った子供につられて、土方も微笑んだ。
子供の腕に残る、煙草の灰を押し付けられた痕を見て見ぬふりして。

「まぁとにかく、最初っから泣かなきゃそれでいいんだよ」
「う…うん、がんばる」
「おう」

素直な子供は嫌いじゃないと、土方は最近気づいた。
この子供が、あのクソ生意気なガキに毒されることなくこのまま育ってくれればいいなと思う。

「とーしろーさん」
「んあ?」
「だいすき!」
「ブフォッ」
「だからわたしね、大きくなったらとーしろーさんのおよめさんになる!」

素直であるが故の、この気持ちだった。

そして土方は、呆れるような照れるような気持ちで天を仰いだのだ。
遮るもの一つない、青が澄み渡る田舎の空だった。




 
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