■ それはきっと小さな嫉妬


パート練習の後に全体での合わせ練習を終えて、今日の吹奏楽部の活動が終わった。
それから片づけを終えて学校を出た頃には夕焼けは既に過ぎ去っていて、辺りは薄暗さとぽつりぽつりと立つ街頭の不気味な明るさに包まれていた。
今日は少し練習が上手くいかず、いつもよりちょっとだけ長引いた。この学校で一番活動時間が長いと言われている野球部と、帰り時間が重なるほど。

「お、美結今帰り?おつかれー」
「あ、青木くんおつかれー」
「今日は吹部遅かったんだな、こんな時間に女子が一人で帰るとかあぶねーべ」
「ふふ、じゃあ一緒に帰ってくれる?」
「仕方ねぇなぁ」
「ありがとう」

野球部のエース青木君は美結の隣に立つとひょいと自然な動作で、美結の持っていたトランペットのケースを取った。

「いいよ、青木くん疲れてるでしょ?」
「いいんだよ、こういう時女子は黙って男子に甘えるもんだ」
「えーじゃあ甘えときますー」
「よろしい」

それから二人は、時折犬の散歩をしている人にすれ違う程度にしか人通りのない道を、他愛もない話をしながら歩いていた。
ふと、後ろから車のエンジン音が近づいていることに気づく。そしてセンターライトの明かりが足元に見え出した頃、美結は何気なしに後ろを振り向いた。それは見慣れたパトカーだった。

「あ」

美結は思わず声を漏らし、立ち止まる。その様子に青木君が首を傾げる。そしてそのパトカーが二人の隣に止まった。

「美結」
「十四郎さん!おかえりなさい」
「おかえりはおめーの方だろ」
「え、そうかな?じゃあただいま」
「おかえり」

耳元で青木君が「お兄さん?」と尋ねてくる。美結は曖昧に笑って誤魔化した。

「乗ってけ」
「え、でも…」
「…さっさとしろ。飯食いにいくぞ」
「ほんと!?私ね、えっと…オムライスが食べたい!」
「はいはい」

別にそんな予定はなかったはずなのにどんな風の吹き回しだろうか。
美結はそう思いながらも、十四郎さんの気が変わらないうちに!と助手席の扉を開けた。

「じゃあね、青木くん!また明日!」
「あ、う、うん。…あ、ちょっと待って!これこれ!」
「あ、忘れてた!ごめーん、ありがとう」
「ああ、じゃあな」
「ばいばい」

受け取ったトランペットを膝に乗せて、扉を閉める。窓越しに手を振ると、すぐにパトカーは通常スピードで走りだした。

「今の彼氏か?」
「え、違うよただの友達」
「ふうん」
「あ、もしかして彼氏だと思って焦った?」
「…ちょっと」
「……………十四郎さんはいつまでも妹離れできないんだねー…」
「うるせー」

二人の会話以外音一つしない車内で、美結の頬が少しだけ朱に染まったことに彼は気づかない。




 
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