■ いまのはなし


「土方さん」
「なんだ総悟」
「最近美結の機嫌が良すぎてなんか気持ち悪いんですが、まさかあんた…」
「あ?」
「てめぇのものにしちまったんじゃないでしょうねぃ」
「…………してねぇよ」
「…そうかい、なんかその間が気にはなるが…まぁ信じまさぁ」

あんたがあいつに手ぇ出したりしたら犯罪ですしねぃ。おにいさん。

「………………………」

とんでもない捨て台詞を吐いていきやがった。
ったく…んなことわかってんだよ。

土方は煙草に火をつけて煙を燻らせた。
さきほどの台詞に嘘はない。まだ、俺は何もしていない。まだ。この間―――仲直り?をした日―――の車内では、未遂だった。踏みとどまった俺の理性を褒めたい。

美結が高校を卒業するまでは、絶対に手を出さない。
俺は30も手前だってのに、あいつはまだたったの17歳。歳の差が埋まることなんて一生ありえないけど、それでもこれが俺のけじめだ。抑えるべきだった気持ちを抑え切れなかった、阿呆な俺への。戒め。

「十四郎さん!」
「んあ?」
「今度の日曜お休みって言ってたよね?私も部活休みなんだ!だからデートしよ!」
「ぶふっ!」

口から飛び出した煙草が畳の上に落ちた。こげるこげる。

「で、デートってお前な…変な物言いすんな」
「え!?だって恋人同士が一緒に出掛けるのって、デートって言うでしょ!?」
「こっ…」

恋人って、誰と誰。

は? あなたと、私。

「恋人じゃねぇだろ!おめぇ彼氏いるじゃねぇか!」
「えええ!?違うの!?うそぉ!え、彼氏は別れたよ!」
「別れたぁ!?付き合っておま、まだ一週間も経ってなかったろうが!どんだけ尻軽女気取ってんだよおめぇは!」
「そ、そんなこと言ったってぇ…!」
「なんなんだ、少しでも気があるから付き合うことにしたんじゃねぇのか!?何、一夜だけの関係とか今時の女子高生どんだけただれてんの!?」
「え?え?えええ?ちょ、ちょっと待って落ち着こう。話をしよう。まず、私が彼と付き合ってた理由からね――――」

美結の話を聞いた土方は呆れ帰った。やっぱ女子高生ってただれてる。
悲しいなぁ。うちの子にはそんな風に育ってもらいたくなかったのに。

「美結」
「はい」
「やっぱ馬鹿だなおめぇは。もう一発殴っていいか」
「ひっど!二発も殴っといて!?もう十分でしょ私あれから歯医者通ってんだよ!?」

なんで歯医者だよ。そう思いながら土方は美結に手を伸ばした。
頬の腫れはもう引いてるな。初日と二日目はそりゃひどいもんだったが。
するりと頬を撫でると美結はくすぐったそうに身をすぼめる。けれどすぐに、嬉しそうに自らその手に摺り寄った。

「ったく…どんだけ怒っても怒り足りねぇぐらいに腹立ててんだよ、俺ぁ」
「…ごめんなさい」
「二度とそんな馬鹿なことすんなよ」
「しないよ。だって、私にはもう十四郎さんがいてくれるんでしょう?」

そう言って頬を淡く染めながら小さく笑う少女を見て、土方の決心が早くもぶれそうになる。
あー…手ぇ出してぇ。

土方は美結の頬に置いた手をそのままにして、ゆっくり顔を近づけた。
すると美結の方は少し驚いた様子で一瞬体を強張らせたが、次第に目を閉じた。
固く引き結ばれた目と口に土方はふっと笑みをこぼす。こいつも緊張してんのか。

…こいつ、も?

なんだ、俺は緊張なんかしてんのか。…ってか、するに決まってんだろ。相手は美結だぞ。
手が震えないかどうか心配だった。心臓の音が伝わってしまうのではないかと思う。
自覚してしまうと緊張は更に増して、重ねた唇はまるで中学生のそれのように、一瞬で離れた。駄目だ、これ以上無理、前にした時はどうしてたんだ、俺。軽く理性飛んでたから平気だったのか。じゃあ今も飛べばいい―――いやいやいや。今飛ばしたら俺確実に、キスじゃ止まれない。

「…なんで涙目なんだお前」
「え、なんでだろう。は、恥ずかしいからかなぁ…」


…総悟…俺が犯罪者になる日は、近いかもしれない。



Fin.


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