■ むかしのはなし



『わたし、大きくなったらとーしろーさんのおよめさんになる!』

あいつがそう言って俺をびびらせたのはいつのことだっけ。
煙草をふかしながらふと土方はそんなことを思い出していた。
江戸へ上ってから早一年。あいつは今頃どうしてるかな、と考える時間は、減るどころかますます増えていた。今でも手紙のやり取りは続いているが、武州を出てからというもの、まだ一度も里帰りをしたことはない。
今度まとまった休みがとれれば必ず顔を出そうと思っている。

「副長ー」
「ああ?」
「なんか局長の妹だって言う子が来てるんですが…」
「…はあああ!?」

土方は報告に来た隊士を押しのけ、門まで靴も履かずに走った。
そしてそこには案の定、ほんの少しだけ髪の伸びた美結の姿があった。

「あ!十四郎さーん!来ちゃった!」

傍には大きな荷物バッグ。ちょっとした日帰り旅行などでないことは一目瞭然。

「来ちゃった、じゃねぇよおめぇ!何してんだ!?」
「会いたくなっちゃって」

困ったように笑った少女に、土方は脱力した。相変わらずかわいいな、とかは思ったりなんてしてない。してないぞ。
再会の感動に浸るよりは、とりあえず頭を抱えたい気持ちだ。

「まさか…家出か?」
「まさか。ちゃんと許可もらってきました。今日からお世話になります!」
「…は?」

それから聞いた話によると、美結は江戸の名門高校への進学を果たし、江戸に下宿することに決めたということだった。それなら下宿代だってばかにならないのだから、大好きなお兄様のところへ住めばタダだし一人暮らしの不安もないし一石二鳥!らしい。

しかし当然そんなものが建前なのは、土方も近藤もわかっていた。わざわざ江戸の高校を選んだあたりからして、自分たちの元へくるために相当努力したのだろうと想像できる。
ここまできて、彼女の頼みを断る理由なんかあるわけがなかった。

「まったくおめぇってやつは…俺の言葉が理解できなかったわけじゃあるめぇに」

美結が大人しく自分の言葉に従わなかったのはこれが初めてだ。
反抗期か、このやろう。

「わかってるよ、平和に生きて欲しいってやつでしょ?でもさ、いくら平和に暮らせたって私、死人みたいな生き方するぐらいなら死んだ方がマシなんだよ」
「…は?」
「十四郎さんたちがいないと人生つまんないってこと」
「…そうかよ」

嗚呼こいつは昔っからかわらない。こんな言葉にも相変わらずまったく自覚がないから腹立たしい。

一年経とうが変わらない少女に、喜びたいような嘆きたいような。
複雑な再会は、灰色のビルや飛行物体が視界を横切る、狭い狭い都会の空の下。

田舎の空は、もう見えない。





 
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