あかいろ
俺の彼女は

俺の恋人はびっくりするぐらいマイペースだ。

『ごめんクロロ、寝坊した。ちょっと遅れる』
「いいよ、わかった。いつまでも待ってるから」
『ん』

いつものことだ。むしろ待ち合わせ時間過ぎてからたった1時間で電話がかかってくるなんてめずらしい。
大体いつも電話があるのは待ち合わせ時間の2時間後。それから確実に1時間は待たされる。
今までで一番ひどかったのは『ちょっと遅れる』と連絡があったのが待ち合わせから24時間経った時で、その後彼女がやってきたのはその電話から48時間後っていう、彼女の言う『ちょっと』とかその他もろもろを疑ったあの時だ。
それに比べれば2時間や3時間の遅刻なんてかわいすぎるぐらいだな。
幸運なことに俺には読書という、場所を選ばない趣味があるため彼女を待つことは苦じゃない。
それに端から彼女の遅刻を決めつけていれば何も困ることはない。
だって本来の予定の3時間前に、待ち合わせ時間を設定して告げておけばいいんだから。
1時の映画を見に行くなら10時に待ち合わせをし、今日のように12時に共に食事をしようと思うなら待ち合わせは一応9時ということにしておく。簡単なことだ。

かくいう俺は、今現在待ち合わせのカフェに向かっている途中である。
遅刻ではない。決して。だって彼女より遅れることは絶対にないから。ていうか俺の中での本当の待ち合わせは12時だから。問題ない。

俺は車を運転しながら、ふと携帯を手にとってメールを打った。
『急がなくていいからな』念のためだ、念のため。間違っても彼女が俺より早く到着しないように。

というか常々不思議なんだが、なんで俺はこんなめんどくさい女と付き合ってるんだろうか。
彼女に関する問題点がこれだけかといえば、そうではない。彼女はありとあらゆるところで人間性を疑われる人だ。

…でも好きなんだよな。なんでだろ。

一応今までいろんな女と付き合ってはきたが、ここまで俺を蔑ろにする人間なんてまぁいなかった。
それにまず、どんなにいい女だったとしても関係なんて、もって一月だ。
それがどうだ、今日は彼女と付き合って半年だ。
まさかこんなことを覚えてた自分にもびっくりするし、そんな記念日を迎えている自分にもびっくりする。

とりあえずなんとなく思うのは…
きっとこの先一生、俺の前には、彼女以上に好きになれる人間なんて現れない。

「…花でも買うか」

途中で花屋に寄って、ベタかと思ったが真っ赤な薔薇の花束を買った。
そういえば彼女の花の好みなんて知らない。そもそもあの彼女は花を愛でたりなんかするんだろうか。

それから俺はもちろん彼女より先にカフェに着いて、コーヒーを頼んでラウンジで彼女を待った。
まだ一時間は待たなければいけないだろう。そう思ったが、今日の彼女は案外早かった。なんてったって彼女はそれから、たったの40分でやって来たから。

「何ソレ」
「プレゼント。付き合って半年記念」
「…ありがとう。…あー…ごめん、待たせて」
「いいよ。薔薇は好き?」
「ローズヒップティーは好き」
「…生花は?」
「花のくせに刺あるとか意味わかんないし派手さばっかであんま可愛げがないから好きじゃない。てか花自体そんなに好きじゃない」
「…そっか」

ほらこういうところが彼女の人間性疑うだろ?
嫌いなのは仕方ないけど普通それ言わないから。プレゼントもらった直後にそれは言わないから。

「女は花が好きな生き物だとか勝手に決め付けてたんでしょ、残念だったね」

ニタリ。って、なんでそんなどや顔なんだよ。なんで俺負かされた感じになってるんだよ。

「ハァ……何食べる?ランチ」
「パスタの気分」
「わかった」

カルボナーラを二つオーダー。
彼女はパスタの時は必ずカルボナーラ。

「…ねぇクロロ」
「なに?」

彼女はメニューを広げてそこに視線を落とした。食後のデザートを選んでいるらしい。

「私、チューリップなら好きだよ」
「…ぶっ!」
「な、何で笑ってんのよ…この薔薇の刺で顔面穴だらけにされたいわけ?」
「い、いやごめん。なんというか、随分かわいらしいと思ってな。なんでチューリップなんだ?」
「いいじゃん、かわいいじゃん」
「じゃあ次からはそれにするよ」
「うん」

チューリップ、か。
あれ春以外でも店に置いてんのかな?

調べとかないとな、とか、そんなことを考える俺はやっぱり今日もこの彼女にほだされている。

彼女に会ってから、俺はカルボナーラを食べることが増えた。
そしてこれから俺は、花屋の前を通るたびにチューリップを探すことになるだろう。

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