あかいろ
まだ知らない花の名前

「ゴンーキルアー!勝った勝った!二万ジェニーゲット!」

茶色い封筒を手に、ユメは満面の笑顔でゴンたちの元に走り寄った。
ゴンは笑顔でそれを素直に褒め称える。

「よかったねーおめでとう」
「うんうん、私ちょっと自信ついてきたよ!楽しいね天空闘技場」

無意味にゴンの両手をとり、ぶんぶん振り回す。
きゃっきゃきゃっきゃと楽しそうにする彼女をゴンはされるがままににこにこ眺めていた。

「はっ、たかが二万で何喜んでんだよ」
「ええー二万あったら今日もちゃんと宿に泊まれるんだよ!たかが二万、されど二万!」
「へー俺とゴンはもう今日から百階だから部屋もらえるし関係ねーけどー」
「なにー!?」
「ま、お前は弱ぇから仕方ねぇよなーてことで今日から一人で宿探せよ」
「えー!」
「あーあ、お前の調子じゃ個室与えられるまでどんぐらいかかるんだろうなー」
「うぐ…!」

あまり戦闘を得意としないユメは、ゴンやキルアとは登録こそ同日であったがそこからの進み具合には大きな差があった。
それをキルアには散々馬鹿にされ続けている。
口喧嘩も上手くないからまともに言い返すことすら出来やしない。

くそ、こいついつか泣かせる!
口には出来ない野望を抱きながらも拗ねるユメを見て「まぁまぁ」とゴンが二人を宥めた。

「あ、そうだユメ俺の部屋来れば?そしたらユメも宿代いらないよ」
「いいの?」
「うん」
「ベッドは?」
「別に一緒ので寝ればいいんじゃない?」
「やったーありがとう!」

またゴンは無意味にぶんぶん手を振り回された。
あ、でも俺寝相悪いけど大丈夫かなぁ、まぁユメなら大丈夫かなぁ。
ゴンは呑気なものだが、一部始終を眺めていたキルアは「げ」と声を漏らす。

「お、お前ら男と女がマジで一緒のベッドに寝るつもりか!?」
「「え、だめ?」」

二人一緒に首を傾げられた。
あんまり普通に言われたためキルアは何も言えずに黙る。

…このガキ二人でなんか間違いが起こるわけもないか。何考えてんだろ俺。
自分が耳年増であることが少し嫌になったキルアであった。






ゴンの部屋へ荷物を運び終えた途端、ユメは窓へと走った。

「すっごーい!見て見てゴン!百階からの眺めって格別!」
「ほんとだ、すごいねー!」

目をキラキラさせながらユメは外を眺める。
ハンター試験で飛行船乗った時も同じような顔してたなぁ、とゴンは数ヶ月前の記憶を懐かしんだ。

ユメとはハンター試験で出会った。それからずっと一緒にいる。
同年代の女の子と一緒にこんなに長い時間を過ごしたことは今までなかったけれど、別に困ったことなんかは今までなかったし、ユメと一緒にいるのはキルアと一緒にいるのと同じように楽しいと思ってる。

こういう無邪気なところとかを見れば、かわいいなとも思う。

人に対して『かわいい』とかそういう風に感じたことはあまりない。
『かわいい』ってのは、守ってあげたくなったり喜ばせてあげたくなったりといういろいろな意味を孕む、不思議な感覚だ。
初めて味わうその感覚をゴンは楽しんでいた。未知の体験というのはいつも彼に多大な興味をもたらす。

「ねぇ、夕飯は何食べよっか」

そう尋ねればにっこり笑顔で「ゴンは何がいい?」と返ってくる。
ゴンであろうとキルアであろうと、この質問をした時の彼女の第一声はいつもそれだった。
そう答えがわかっているのに聞きたくなるのは、なんだかこの些細なやり取りが楽しいから。

それからゴンが「何でもいいよ」と言えばユメは「じゃあオムライス!」と提案をしたのでみんなでオムライスが食べられる店に入った。
キルアは今日はラーメンの気分だったらしいが2対1の多数決でオムライスに決まっていた。
民主国家制度で切り捨てられた少数派の人民キルアは渋々オムライスを食べながら「ずりーよなお前ら組みやがって」と文句を垂れる。

「じゃあ明日はキルアが私のこと泊めてくれる?」
「…いやだ」
「じゃあ仕方ないよねー明日もゴンか私の食べたいもので決まりだなー」

チッ。キルアが舌打ちをした。
ユメはやはりゴンの部屋に居座るつもりらしい。
キルアは呆れかえったがゴンの方はというといつも通り楽しそうにしていたのでどうでもよくなった。

「ゴン、あんまそいつ甘やかすなよ」
「別にそんなことしてないよー」

やっぱ無自覚か。
「はぁ、」というキルアのため息に他二人は首を傾げた。

食事を終えてゴンとユメが戻るのは同じ部屋。
今までみんなバラバラに部屋をとっていた分、なんだか楽しくなってきた。

「ねぇ今更だけど、俺すごい寝相悪いけど大丈夫?」
「大丈夫私も悪いから!」
「ええ!それダメじゃん!」
「あははははは!」

それから、一度ベッドに入って大きさを確かめてみようということになって、二人は真っ白なシーツが敷かれたベッドに飛び込んだ。
選手一人が泊まるように作られてる部屋だ、当然ベッドはシングル。
子供とはいえ二人で入ればもちろん狭かった。

「狭いね」
「うん、狭いね」
「でもなんか楽しくない?」
「うん、楽しい!」

あまり質がいいとは言えないベッドの上、理由はよくわからないが訪れた高揚感に身を任せ、二人はじゃれ合うようにお互いに抱きついた。
無意味に頭を撫でたり頬をくっつけたり。
この二人は意味のない行動というのをよくする。行動が往々にして理知的ではなく、本能に従ったものであるせいだ。

「ゴンのほっぺたやわらかい!」
「ユメもやわらかいよ」

頬の感触が気に入ったのかユメはゴンの頬をつつきながらにこにこ笑う。
そんな彼女を見ながらゴンはまた「かわいいなぁ」と思っていた。
彼女の腰に回していた腕をぐっと引き寄せ、お互いの体を密着させる。ユメは「おお?」と少し驚いた様子だった。

「こうやってひっつけばそんなに狭くもないね」
「あ、そうだねー」

しゅるりとお互いどちらからともなく素足を絡めた。
すると一瞬ゴンの背中にぞくりと何かが駆け抜ける。
それがどういうものの兆候なのか彼にはわからない。だけど彼にとって未知は恐怖ではなく興味。さらに足を絡めてその不安定さに身を預けた。

「ねぇユメ」
「なに?」
「俺、ユメと一緒にいるとすごく楽しいんだ」
「どうしたの急に。私もゴンと一緒にいると楽しいよ」
「じゃあユメはこれからも俺と一緒にいてくれる?」
「もちろん!ずっといるよ」

ユメはこつんとゴンの額に自分の額をくっつけた。
至近距離で見つめ合い、一緒に笑う。お互いの息が顔にかかった。

…『かわいい』ってのは本当に不思議だ。
かわいいって思ったら離れたくなくなる。近づきたくなる。そして相手に同じものを求めたくなる。
ゴンはユメの頬に手を添えて言った。

「じゃあ誓いのチューしよ?」

きょとん。彼の言葉の咀嚼に時間のかかったユメは一時停止する。

「えっと…誓いのチューって…ああ!指切りのやつだよね、前に一回教えてくれた」
「うーん、それでもいいけど…ほんとのチューの方が効力ある気がしない?」
「……する…かも…?」
「ね?」

何が、ね?

正直ユメはさすがに躊躇した。
彼女にとってこれは間違いなくファーストキスってやつだ。

でも…ゴンならいいかな。ゴンだからいいよね。
数秒考えた後、ユメはぎゅっと目を瞑った。

ドキドキドキドキ。
どちらのものともわからない鼓動の音が確かに聞こえる。
ゴンは軽く目を瞑って、ユメと唇を合わせた。

これは誓い。これからも傍にいる約束。

顔を離すと、真っ赤に染まったユメの顔がそこにあった。
そして、やっぱりかわいいなぁとゴンは思う。
気がつけばもう一度キスをしていた。

「キルアがさぁ、俺たちが同じ部屋で寝るって言ったの否定してたのってさ、こういうのがダメだったからなのかな?」
「さぁ…?別に悪いことしてるわけじゃないんだからいいんじゃない?」
「そうだね」

唇をくっつけながらしゃべるとくすぐったくて気持ちいい。
この夜は二人してその発見をしばらく楽しんでいた。


その次の日、なかなか起きてこないゴンたちの部屋に勝手に乗り込んだキルアはベッドの上で絡み合って眠る二人を見て絶句した。
と、とりあえず服は着てる。服着てるならきっと大丈夫だ。

……ほんとに大丈夫か…?

耳年増な自分がやっぱり嫌になったキルアだった。




(い、いい加減起きろお前らー!)
(んー?あ、キルアおはよう)
(はよー)
(呑気に挨拶してんじゃねぇよさっさと離れろ!)
((なんでー?))
(なんでって、お、お前らなぁ…!)

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