あかいろ
一月

一月頭のある昼下がりのこと。

『今から初詣行かない?』

突然ユメちゃんからそんなメッセージが届いたので狼谷君は驚きました。
連絡先を交換してからというもの、ユメちゃんから何かに誘われるのは初めてです。
狼谷君はその時食べていた雑煮を勢いよくかきこみ、『行く』と一言返信しました。

「ちょっと出かけてくる」

そう言えば鷹くんは「おでもいく!」と言って聞かなかったのですが、何かを察した母が気を利かせて一人で行かせてくれました。
待ち合わせは地元で一番大きな神社。
社に着くまでに既に沢山の露店が並んでいました。

「おーい、狼谷君!こっちこっち!」

鳥居の傍に佇むユメちゃんがこちらに向かって手を振ります。
反対側の手には何やら透明なパックが一つ。

「たこ焼き!食べるでしょ?」
「…食う。てか普通そういうの買うのって合流してからじゃね?」
「狼谷君ならなんでも食べるかなって」

待ちきれなかったんだな、と狼谷君は思いました。
笑ってユメちゃんが爪楊枝を差し出してきたので受け取って、二人ではふはふしながら熱々のたこ焼きを食べました。

「急に誘ったのに来てくれてありがとう。今年は初詣行くつもりなかったんだけど、やっぱり屋台のたこ焼き食べたいなと思って」
「これがメインかよ」
「ほぼね」

最後のたこ焼きをユメちゃんが頬張ります。

「あとはまぁ…一応合格祈願もしとこうかなって」
「合格祈願?」
「うん、大学受験の」
「…もう?」
「あ、やっぱりわかってなかった。もう、じゃないんだよ。私の受験はもはや目の前に迫ってるの」

たこ焼きのトレーを近場のゴミ箱に捨てて、ユメちゃんは自然と狼谷君の手を引いて鳥居をくぐりました。
参拝所まではすごい人混みで、この流れの中では気をつけないとすぐにはぐれてしまいそうだと思いました。

「あんた…三年だったのか…?」

狼谷君は繋がった手に気づいているのかいないのか、ぽかんと口を開けてユメちゃんの言葉に驚きが隠せない様子。

「そうだよーだからバンドも休止したの。受験勉強するために」
「ずっと一年だと思ってた…」

今思えば確かに一年だと言われた記憶は一切ありません。なぜだか最初からそう思い込んでいました。

「まぁそうだよねー。なんか初っ端からタメ口だったし」
「…いや、言えよ!」
「いや、別にタメ口だからどうとかないからさ。まぁいっかと思って」

狼谷君は改めてまじまじとユメちゃんを見ました。
年上?こいつが?二つも上?
そう言われれば同級生に比べて少し雰囲気は大人っぽいような。
そうでもないような。

「まぁそういうことだから、狼谷君もよかったら狼谷君のお願いのついでに私の合格も祈ってよ」

ユメちゃんは上着のポケットに用意していた五円玉を狼谷君に渡しました。
ありがとう、と手を出したその時狼谷君は初めて気づきます。
今!手!繋いでた!

「どうしたの?」
「…なんでもねぇ」

やっぱり年上だからか?いろいろ経験があるのか?慣れてるのか?
ポーカーフェイスで狼谷君は困惑しました。

「私も狼谷君が今年も幸せでありますようにって祈っとくね」

にっこり笑顔のユメちゃんとは反対に、狼谷君は自分の心が重くなるのを感じました。
今年は去年とはまったく違う年になるということがわかってしまったのです。
三年生ということは、狼谷君とユメちゃんが同じ学校で過ごす期間はもうあと三ヶ月もありません。
春にはバンドを再開すると言っていたユメちゃんですが、裏門のあの場所で彼女が歌うことはもうないのでしょう。

春にはユメちゃんは大学生としての新たな生活が始まります。
そこに狼谷君はいないのです。
狼谷君はちゃんと言われた通りユメちゃんの合格を祈りましたが、気持ちは複雑でした。

「ねぇ、おみくじ引こうよ」

人の流れに乗るままそう促され、頷きました。
がらがらがら。出てきた棒と引き換えに縦長の紙を受け取って、ユメちゃんは明るい笑顔で狼谷君を見上げます。

「私大吉!狼谷君は?」
「…大吉」
「ほんと!?やったじゃん!二人ともハッピーな年になりそうだね」

本当にそうか?
狼谷君はせっかくの大吉にも喜べずにいました。

「…狼谷君、さっきからなんでずっと暗い顔してるの?私が三年なの黙ってたから?怒ってる?」
「…いや、そういうことじゃ…」
「じゃあ私が卒業すると寂しいなーとか?」

この気持ちは寂しさなのだろうか。狼谷君にもわからないため上手く返事ができません。

「またライブする時はお知らせするから聴きに来てよ!保育ルームのクリスマス会もまた行きたいな」

ユメちゃんはきっと狼谷君を励ますつもりなのでしょう。卒業が今生の別れなわけではないと。
けれど狼谷君はそんな言葉にさらに落ち込むのです。
やっぱりそんな時しか会えないのかと。

「…ああ、そうだな」

けれど狼谷君は笑って取り繕って、その後はいつも通りを振る舞いました。
共通テストまで期間は残りわずかです。
面倒なことを言って邪魔したくはないと思いました。

「…あ、ちょっと待ってろ」
「え?」

狼谷君は不思議そうにするユメちゃんを残して駆け出してしまいました。
少しして、戻ってきた狼谷君の手には小さな白い紙袋。

「これやるから持っとけよ」

渡されたその袋の中には、桜色のかわいらしい合格お守りが入っていました。
ユメちゃんはぱあっと顔を輝かせます。

「いいの?ありがとう…!」
「…おう。勉強がんばれ」
「うん!」

大事そうにお守りを握りしめるユメちゃん。
狼谷君は静かに微笑んでそんな彼女を眺めるのでした。

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