あかいろ
十一月

ある日の日曜日、狼谷兄弟が街を歩いていた時のこと。

「ああ!あにぎ!あれ!ユメだじょ!おーい!」

車道を挟んだ向かい側を歩くユメちゃんを、たまたま鷹くんが見つけました。
鷹くんは嬉しそうに大きな声で手を振りますが、ユメちゃんはそれに気づきません。
よく見るとユメちゃんの隣にはバンド仲間の高木君がおり、彼女は彼と楽しそうにお話するのに夢中なようです。

「きこえねぇのかな…あにぎも!よんで!」
「…やめとけ、人と一緒だろ」

よんで!よんでー!と泣き出した鷹くんを抱えて狼谷君は歩きだしました。
あいつら日曜まで一緒にいるのか?と実際のところ頭はそれでいっぱいです。

鷹くんの泣き声が聞こえたような気がしてユメちゃんが周囲を探した時には、既に彼らの姿はありませんでした。

「ユメどした?」
「今…子供の泣き声聞こえなかった?」
「いや?聞こえなかったけど」
「そっか…じゃあ気のせいかな。さっさと図書館行こ!勉強しなきゃ!」
「えーちょっとマック寄ってからにしね?」
「はー?あんたが一人じゃ勉強できないとか言うから、図書館も仕方なく付き合ってやってんのになんでマックまで付き合わなきゃなんないのさ!行くなら一人で行け!」
「えーつめてー!」


◇◇◇


翌日、ユメちゃんがいつもの場所にいると、いつものように狼谷君がやってきて隣に座りました。
そして開口一番、

「バンドって日曜日も練習してんのか?」

なんて聞いてくるものだから驚きました。

「基本日曜日はしてないよ。その日にライブとかがあれば別だけど」
「昨日は?」
「昨日?昨日は特になんもなかったよ。なんで?」
「あ…?なんでもねーよ」
「…そうですか」

意味もなく聞くようなことには思えないんだけどな。
いつもと少し様子の違う狼谷君に、ユメちゃんは戸惑っていました。
けれどそれ以上話してくれそうにもないし、何より今日は他に伝えなくてはならないことがあったのでユメちゃんはそれまでのことは一旦置いておくことにしました。

「あのさ、しばらくバンド活動休止することになったから、私もうここには来ないんだ。今までいっぱい相手してくれてありがとう」

狼谷君は驚いて目を開きました。
そういえばよく見ると今日のユメちゃんはいつものギターケースを持っていません。
今日ユメちゃんは、その話をするためだけにここで狼谷君を待っていたのでした。

「は?なんでそんな急に…」
「いやまぁ、狼谷君に言ってなかっただけで急ってわけでもないんだ。てかほんとはもうちょっと早く休止する予定だったんだけど、私のわがままで続けててさ」

狼谷君は素直にショックでした。もうここでユメちゃんと過ごすことはないのだと。

「…お前それだと暇なんじゃねーの?あんな毎日バンドバンドだったのに」
「あはは、一応しなきゃいけないことはあるし暇ではないよ。でもまぁ寂しいね」

それは単にバンドができなくなるからか?それとも高木に会う機会が減るからか?
それともこの時間がなくなるからか?
聞きたくても聞けません。
狼谷君は何をどう言えばいいのかわからなくなっていました。
そんな狼谷君を見て、ユメちゃんは微笑みます。

「うまくいけば来年の春には活動再開する予定だから、その時にはまた演奏聴きに来てね」
「…そんな先のことわかんねーよ」
「ええーひど。…私、狼谷君とのこの時間大好きだったのに」

ユメちゃんの言葉がざわりと狼谷君の心を撫でて行きます。
俺だってそうだったよ。
きゅっと膝の上の拳を握りました。

「春までなんか待てない。これからもあんたに会いたい」

今度はユメちゃんが目を開く番でした。
そして数回の瞬きの後、やわらかに目を細めるとスカートのポケットからスマホを取り出して言いました。

「じゃあ連絡先、交換しよっか」

二人の出会いは春でしたが、もうすぐそこに冬が来ていました。
なんだか今更照れるね、と笑うユメちゃんにつられて、狼谷君の顔にも笑みが浮かぶのでした。

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