あかいろ
十月

九月初めのあの日以来、狼谷君はよく一人でユメちゃんのところに通うようになりました。
いつも部活前などにふらっと寄るだけだったので滞在時間は長くありませんが、ユメちゃんの演奏を聴いては満足げに部活に向かっていく毎日です。
ユメちゃんも一人でずっとバンド仲間を待ち続けるよりは、構ってくれる人がいる方が退屈せずに済むので喜んでいました。

「そういやお前の待ってるバンド仲間って、いつもどれぐらいに来るんだ?」
「んーもうあと30分もすれば来るよ」
「結構待つんだな」
「向こうは進学校だからね。授業1コマが70分とかなの。やばくない?」
「それはやばい」

この学校にも軽音部はあるのですが、そこに入部するわけではなく、わざわざ時間を割いて他校の仲間を待つユメちゃんが狼谷くんにはとても健気に見えました。
もしかしてそのバンド内に彼氏でもいるのか?
そう感じつつもそんな話はできない狼谷くん。
いたとして、自分はどうするのか。いなかったとしてもだからどうするのか。なんとなく、それがわからないうちは聞くべきではないと感じていました。

「ユメー」

さてそろそろ部活に向かうかと狼谷くんが立ち上がりかけた頃、路地の向こうからユメちゃんを呼ぶ声が聞こえました。
見ると背の高い一人の男がこちらに向かって手を振っています。

「あ、高木君!すごい、今日は早かったね」
「ああ、今日は短縮授業だったんだ。…そっちの人は?」
「友達の狼谷君だよ。狼谷君、こっちは私と一緒にバンドやってる高木君」
「ああ、なんかユメのファンなんだっけ?いつも話聞いてるよー、はじめまして」
「…どうも」

高木君は一見進学校の生徒には見えない色素の薄い長めの髪をなびかせており、動くと小さなチャームのついたネックレスがちらちらと揺れていました。
なんとなく、バンドやってそうな感じが出ていると言えばそう。野球の練習着姿の自分とはまったくタイプが違うのが狼谷くんにもよくわかりました。

「ユメのやつ学校に友達いないからさ、仲良くしてやってねー」

高木君がわしわしとユメちゃんの頭を撫でると、ユメちゃんは鬱陶しそうにそれを払い除けました。

「何それ!友達いるし!」
「いないから未だに俺らとバンドしてんだろー?」
「それはそれでしょ!てか今日山本は?」
「あいつ委員会で遅れるって」
「ええー!」

高木君と話すユメちゃんはいつもと少し雰囲気が違って、なんとなくいつもよりも元気なように見えます。
それを狼谷君は、仲がいいんだな、と眺めていました。
それも当然。高木君とユメちゃんは狼谷君よりもずっと付き合いが長いのです。
けれど狼谷君の内に広がるのはもやもやした黒い霧。
高木君が何かとユメちゃんに触れるのを見るとイライラしてしまいました。

「じゃあ私行くよ狼谷君、またね」
「…ああ」

二人の背中を見送っている間にも、二人は笑いあったり互いの背中を叩いたりと楽しそうです。
バンド仲間になんか会わなければよかった。
狼谷君はついそう思ってしまいました。

この時間を独り占めしている気になっていたけれど、そんなのたった10分15分の話。
けれどあの彼はこれから夜まで彼女と過ごすのだと、そんな当たり前のことに今更気づいてしまいました。
何も自分が特別なわけではないと、少し寂しくなりました。


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