あかいろ
八月

夏休み中のある夜、鷹君狼谷君は近所の夏祭りに遊びに行きました。
途中で竜一君虎太郎君とも合流して、みんなで楽しく屋台を回ります。

「お!あれなんだじょ!」

鷹君が指さしたのはライトアップされた特設ステージです。

「あそこで太鼓叩いたり演奏したりするんだよ」

竜一君が答えると、鷹君は目を輝かせました。
最近ユメちゃんの演奏で味を占めた鷹君です、「おれえんそうきくじょ!」と、ステージの方へ駆け出していきました。

「ったくあいつ…」

仕方なくみんなで並べられたパイプ椅子に座り、始まった演奏を聴きました。
和太鼓演奏や弾き語り、ダンス披露などがありましたが、言い出しっぺの鷹君は途中から飽きたのか眠り始めました。虎太郎君も竜一君の膝の上でうとうとしています。

「二人とも疲れたみたいだしそろそろ帰ろっか」
「ああ」

狼谷君は椅子の上で寝こけている鷹君を抱き上げて立ち上がろうとします。
するとその時、ステージから聴き慣れた声が聞こえてきました。

「みなさんこんばんはー!」

思わず振り返ります。
ステージの上には、ギターを肩にかけたユメちゃんの姿がありました。
どうやら次はユメちゃんのグループのバンド演奏のようです。

「狼谷?どうした?」
「…わり、さき帰っといてくれ。俺もうちょっと聴いてくわ」
「え…?そっかわかった、じゃあな」

鷹君を抱いたまま座り直しました。
先月誘われたライブは結局行けなかったので、ユメちゃんのバンド演奏を聴くのはこれが初めてでした。

当たり前ですが、いつも鷹君のために一人で弾き語りをしてくれているのとはわけが違います。
いつもよりもずっと楽しそうな笑顔で歌う彼女の姿にハッとして惹かれると同時、何故だか少しじくりとするものを狼谷君は感じていました。

どうやら固定のファンがいるようで、周りにはいつの間にか若い観客が増え、ユメちゃんを応援する声が飛び交うようになっていました。

いつも二人占めできていた彼女が急に、遠い人のように思えます。

しばらくしてから、狼谷君のズボンのポケットの中でスマホが震えました。
見るとお母さんから「まだ帰らないの?」とのメッセージが来ていました。そういえばもう予定していた帰り時間は過ぎています。

「…帰るか」

まだ演奏は途中でしたが立ち上がりました。
立ち見をしている観客も多いので大して目立ちません。
けれどその瞬間、勘違いではなくばっちりと、ステージ上のユメちゃんと目が合いました。

狼谷君は少しびっくりして固まってしまいます。
ユメちゃんも驚いた様子でしたが、すぐ破顔して狼谷君の方に大きく手を振りました。

自分に振ってくれたと勘違いした周りの観客が湧きましたが、今もなお目が合っているのは狼谷君です。

一瞬の、何とも言えない優越感。
狼谷君は無意識に笑みをこぼしました。

この時狼谷君は初めて、ユメちゃんのことを二人占めでもなく、独り占めしたのです。



back



- ナノ -