01

三番隊の市丸ギン、五番隊の藍染惣右介、九番隊の東仙要。彼らは藍染を筆頭に謀反を起こし、尸魂界から姿を消した。
あの事件からはや数ヶ月…三・五・九番隊の隊長の座は未だ空席であった。


「―――以上が、十三番隊からの報告です。」

浮竹の報告が終わって、今日の隊首会の予定は全て完了した。
あとはいつも通り、総隊長山本元柳斎の締めの言葉で隊首会もお開き…のはずだった。

「――では、これで隊首会を終了する…と、言いたいところじゃが。ここで皆に儂から一つ報告がある。」

これで終了だと思っていた隊長たちの眉がピクリと動いた。

「現在、三番五番九番隊においては隊長不在である。そのため昨日、この山本並びに二名の隊長列席の元ある人物において隊長主格の有無を検分し、申し分なしと決した。よってここに東仙要前隊長に代わり、諸君に新隊長を引き合わせる所存である。護廷十三隊九番隊新隊長 蒼井露草。中へ。」

蒼井露草…その場の多くの者は聞いた事のない名であった。
しかも事前に知らされていてもいいものを、あまりにも急な話である。
その場の多数の者が訝しげな顔をしていたが、その中で京楽・浮竹の二人が妙ににこにこしているのに気づいた日番谷は、この二人が立会人かと考えた。
ならまぁ問題はないだろう…と思うものの、入室を山本に促されたにも関わらず、一向に誰かが入ってくる気配がない。
やけに長く感じる数秒を待ってから、山本は溜息をつきつつ片手で顔を覆った。

「あやつは何をしておるのじゃまったく…」

初っ端から山本総隊長をここまで呆れ返らせる新人…一体何者だと、良くも悪くも皆の興味がさらに深まった。
それから次第に、徐々に人の気配と声がこちらに近づいてきていることに皆が気づく。
一人は聞き覚えがある、一番隊副隊長雀部の声だ。もう一人は、聞き覚えのない若い女の声。

「離して!やっぱり私隊長なんてやらない!無理!帰る!」
「それを私に言われても困ります。とにかく隊長たちがお待ちですので。」
「騙された!護廷隊が壊滅的だって聞いたから仕方なく引き受けたのに!隊長がたった三人いなくなっただけなんて!詐欺じゃん詐欺!もう帰らせて!」
「できません。」

耳を済ました限りでは、とても信じ難い会話が繰り広げられていた。
このとんでも発言を繰り返しているのが新隊長なのだろうかと、皆口には出さないが驚愕だった。事前に知らされていなかったのはもしやこのせいだろうか。
しかも護廷十三隊の現状にさえ詳しくない様子。
本当に大丈夫なのかと日番谷は思わず浮竹を見たが、彼は何故か相変わらずにこにこしていたし、目が合うと手を振ってきた。今日は体調がいいらしい。

そして離して離しませんの問答が続いたまま、ついに部屋の扉が開いた。
そこには、猫を持ち上げるように襟首をつかんで一人の女を引きずっている雀部の姿。普段から英国紳士を志す彼からすると到底考えられないような女性の扱いである。そして引きずられている女――蒼井露草は、今も尚往生際悪くじたばたともがいていた。
なんとも言えないその光景に、皆言葉を飲んだ。

「やっと来たか露草。いい加減に観念して大人しくせんか。」
「ふざけんな詐欺じじい!なーにが謀反だ、そんなもんきっとされる方にも問題あるんでしょ!なんで私がそれの尻拭いみたいなことしなくちゃいけないのさ!」

山本総隊長に向かって、詐欺じじい。
しかも謀反をされる方にも問題があるという問題発言。
いつ総隊長が爆発するかと周りの方が冷や冷やし始めた。
うんざりだといった様子で雀部は、彼女を部屋の中央へペイっと放った。

「今の尸魂界には、隊長が務まる者などお主しかおらん。そう儂が判断したのじゃ。何か文句があるのか。」
「文句だらけでしょ!采配どうなってんだ!もし本当に私以外にいないんだとしたら育成どうなってんだ!てか別に副隊長がそのまま隊長昇格でいいじゃん!」
「今の副隊長たちでは、隊長を務めるには力量が足りん。儂はお主の実力を認めているのじゃぞ、こんなに誉れ高いことはない。素直に喜べ。」
「全然うれしくない!私なんかをあてにする前にもっとちゃんと死神育てろよ!茶会ばっか開いて平和ボケでもしてんじゃないの!?」
「なんじゃと!」

彼女を推薦したのはまさかの山本であった。
かなり親しい間柄にも見えるため、もしや身内なのではと数人が疑った。
もしこれが身内贔屓の人事なら異議を唱えたいと考える者もいた。もちろん実力が伴うならば構わないのだが、蒼井露草に隊長の器があるようには誰の目にも見えなかった。

二人の論争は最終的にただの罵り合いにまで発展したが、山本の杖が彼女の脳天に振り下ろされる形で終着した。
戸惑う隊長たちの前に、痛みにのたうつ女が転がった。

「えー…露草は今まで、長く現世任務についておった。こやつのことを知らぬ者も多いじゃろう。じゃが長年険しい実践で養われてきた実力は本物である。」

そうは言っても隊長たちの前にいるのは頭部を押さえて悶絶する女。
露骨な疑いの目が山本の元に集まった。

「…まぁ疑うのも無理は無い。…諸君は、十二番隊で日々実験に使われ、時には演習に利用されることもある、牢の中の虚を誰が捕まえてくるのか、考えたことはあるか。」

まさかこいつが、とまた視線が新隊長に集まった。
虚はおそらく単純に倒すよりも捕まえる方が難しいだろう。捕まえようとはなかなか考えたこともなかった隊長たちにもそう想像はついた。

「今に至るまでの約百年間、それらの虚を捕獲してきたのがこやつじゃ。もちろん討伐してきた虚、魂葬してきた整の数も並ではない。口の利き方も分からぬ痴れ者じゃが、儂はこやつなら隊長も務まると本気で思っておる」
「…勝手なことを…」

やっと起き上がった新隊長が涙目で山本を睨むが、逆に睨み返された。

「勝手はどっちじゃ。百年もの間、お主の我儘を許してきた。ここいらが潮時じゃと弁えるがよい。」

何か言いたそうだった新隊長だが、その言葉にぐっと押し黙った。
百年の我儘とやらが他の隊長たちにはわからないが、彼女には何か弱みがあるらしいことはわかった。

「ようやく観念したか。なら一言皆に挨拶せよ」
「…蒼井露草、です。さっきじじいが言った通り、長く現世にいたからここのことはわからないことが多くて、皆さんの手を煩わせることもあるかもしれないけど、どうぞよろしく…っていうか、よろしくする前にとんずらするかもしれないけどねー!」
「こやつ…!」

山本が再び杖を振り回すが今度は彼女もそれを避けた。
ついに決して広くは無い部屋の中を走り回り出す翁一人と若い女が一人。
今まで数え切れないほど開催されてきた隊首会だが、こんなにはちゃめちゃな会は初めてだった。

((((((もうなんでもいいから早く帰りてーな))))))



***



新隊長を配属すると九番隊が報告を受けたのは、その日の隊首会が終わってすぐのことだった。
あまりにも急な話の上、相手は一切素性もわからぬ女と聞き、新隊長の到着を待つ九番隊隊舎はひどくざわついていた。
故に、九番隊副隊長である檜佐木修兵は困っていた。
隊長が配属されることについてではない。隊士たちのあからさまな愚痴がやたらとそこら中で聞こえることにだ。

「蒼井露草ってなぁ…聞いたこともねぇし、女だろ?」
「ああ。全然知らないぽっと出の女についてかなくちゃならないなんてなぁ。」
「そりゃあ蜂峰隊長や松本副隊長なんかは強いけどさぁ…」
「やっぱ女についていくっつーのはちょっとな…」
「何言ってんだてめーら。女だ男だ関係ねぇだろ。」

こんなあまりにも統率のない、暗い空気の中で新隊長を迎えるわけにもいかないと、修兵は隊士達に喝を入れる。

「どんな人か見てもいねぇのにぐちぐちとぼやくな。もうすぐ着く頃だぞ。その女隊長。」
「「は、はい!」」

もちろんぼやきたくなる気持ちは修兵にもわからないではない。
九番隊は前隊長である東仙を慕っていた者も多い。あんな事があったとはいえ、なかなか気持ちが切り替えられないのは仕方の無い事だった。

しかしぼやいたところでそれも仕方がない。決まったことには従うしかないのだ。
新隊長がどんな人物なのか、修兵は想像を巡らせる。
…どうせなら美人がいいな。

それからしばらくして、今か今かと隊士達が新隊長を待ち構える九番隊隊舎に、一人の女が現れた。
重そうな足取りに、遠目にもわかる神妙な面持ち。
隊長になれてウッキウキ!ではないのは誰の目にも一目でわかった。

「あれが新隊長…!?」

人間で言えば二十代前半かと思われる若く小柄な女の姿に、隊士たちがざわめきだす。
さすがの修兵も、俺はこの女に負けたのかとひっそりショックを受けた。
思わず上から下までその姿を眺め、どう見ても普通に勝てそうだ、とか考えていたその時、彼女と目が合った。

彼女は大きく目を見開いて修兵を見ていた。
「え」とつい修兵が声を漏らしてしまうほど、まるで死人にあったが如く彼女の顔は驚きに染っていた。
声は聞こえないが、「うそ」と彼女の口が動いたように見えた。

「?はじめまして。副隊長の檜佐木修兵です」
「副隊長…ほんとに…?」
「えっと…すみません、どこかでお会いしたことが?」
「えっ…あっ、いや、ない!ないないないないない!ごめん気にしないで!」

顔の前で手をぶんぶん振ると、彼女は目を逸らした。何か人違いでもあったのだろうかと疑問だったが、それ以上追求はしなかった。

見た目通りと言えばそうだが、くだけた口調に幼い仕草。同じ若い女性死神でも、砕蜂隊長のような厳格さは一切ない。
隊士達の新隊長への期待値はどんどん下がるばかりだった。

「私は九番隊の隊長を任命された蒼井露草です。これからよろしく。」
「よろしくお願いします。」

一応律儀に頭を下げる修兵。それにならって隊士たちも頭を下げた。
だが露草はなぜか、それに対して困ったような顔をした。
そして、そういうのはやめてくれと言う。

「私は護廷十三隊が今のような状況でもない限り、本来こうやって人の上に立ったりできるような奴じゃないんだ。だからそんな畏まらないで。堅苦しいのは無しにしてほしい」

そうは言っても、お前は隊長じゃないか。
隊士たちは困惑と不信感を露わにする。その内の一人が、ポツリと呟いた。

「俺やっぱ東仙隊長の方が…」
「―!やめろ!」

おおよそこの場では言ってはならないその言葉に、すぐさま修兵が反応した。

「でも隊長がいなくなってからも、今までちゃんとやってこれたし――!」
「だからやめろって言ってるだろ!」
「あー…まぁ落ち着いてよ。」

苦笑しながらも、露草はまぁまぁと二人を諌めようとする。
悪く言われていたのは自分だというのに、怒りもしないのか。
隊士の台詞を微塵も気にした風のない露草を見て、本人がそう言うならまぁいいかと気を静めた。

「東仙隊長…ねぇ…。たしかここの前の隊長だね。そうか…結構みんな引きずってるものなのか…」

どこか他人事のように露草はぼやく。
威厳も覇気も無く、ただただぼんやりとしたその様子に、隊士たちは多少なりとも苛立ちを感じた。

「なら私のこと隊長って呼べとは言わない。普通に名前で呼んでくれればいいよ。」
「え…」
「好きなだけ、前隊長を引きずってればいいんじゃない?」

かわいらしい笑顔で告げられたその言葉に、全員息をつめた。
天然なのか、わかっていて毒を吐いたのか…いやこれはわざとやったな。

「正直私は頼りないだろうし、今はみんな不安だと思う。けど私だってやるからにはちゃんとやるから、私のことは好きな時に認めてくれたらいいよ。」

他の隊長のような威厳も迫力もないが、凛としたその声は隊士達の心にほんの少しの安心をもたらした。

「ただ私のことを認められないにしても、ここにいる限り最低限の私の指示には従ってね。東仙前隊長がどういう人かは一応知ってるけど、私は彼のやり方を真似するつもりはないからよろしく。…でもまぁ、そんなに変化はないと思うけどね。私も東仙前隊長と同じ平和主義者だから」

それにしては、問題に対する穏便さと思慮深さに欠けるような気もするが。

「じゃあさっそくですがこれからの九番隊でのルールを一つ。」
「何ですか?」
「日々、絶対に鍛練を怠らないこと。」
「……それだけですか?」
「それだけ。」

一体何を言われるかと思ったが…案外普通だ。
修兵以外の者も皆そう思ったようで、にわかに首を傾げている。

「ちなみに鍛練サボった奴は即除隊だから。」
「な…!」

ありきたりなルールではあるが、ペナルティはかなり横暴だった。
かわいらしい見た目のくせに脳筋か?ここを十一番隊と履き違えてるのか?それとも十一番隊みたいな隊を作りたいのか?
基本真面目な隊士が多い九番隊だ、誰もサボる前提でなど考えていないがその極端さにはどよめきがおこった。

「言ったでしょ?私は平和主義なんだよ。ちょっと利己的な。」
「…利己的?」
「私は仲間が死ぬのが死ぬほど嫌だ。死ぬぐらいなら逃げてほしいし、殺してほしい。」

なるほど…仲間以外はどうなろうとかまわない、それが彼女なりの平和か。

「本当は私が皆を守るって言いたいけど、残念ながら私の手の届く範囲は限られるんだ。」

この時初めて彼女の目が伏せられ、瞳に一瞬暗い影が落ちた。
おそらく彼女は自分が取りこぼした命を知っている。
勝手な想像でしかないが、彼女はその痛みをまだ抱えているのだと修兵は思った。

「だから皆には死なないようにしっかり鍛えてもらって、絶対に生きてもらうから。」

隊士たちにも、新隊長の思いの何かしらは伝わったらしい。
少し前までと顔つきがまるで違っているのを見て、修兵はほっと一安心した。

「もちろん皆が強くなれるように最大限私が協力するよ。みんな卍解できるようになろうね!そんで誰か隊長代わってくれ!」
「…く、ははははは!」
「あれ?なんか変なこと言った?」

なんとも頼もしい話じゃないか。
確かに同じ平和主義者とはいえ東仙隊長とは似ても似つかない新隊長。
けれど案外、隊としては結局似たような形でおさまるんじゃないだろうか。
彼女の作るこれからの九番隊が少し楽しみだ。

そんなことを、修兵は思ったとか思わなかったとか。


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