夕暮れのバラード
今日は調べものがあった為、大学を出るのがいつもより遅くなった。別に困ったことではないが、出来れば今日は早めに出たかった。
そのまま普段より少し早いスピードで図書館へ向かっていると、後ろから同じ、いや、それ以上のスピードで歩く足音が聞こえてきた。そして声をかけられた。
「おい、貴様」
「…あ、どうも石田さん」
結構なスピードで現れたのは石田さんだった。石田さんは相変わらずの仏頂面で、私の言葉にああ、と一言。
「…この道を通っているということはどうせ貴様も図書館へ行くんだろう」
「あ、はい。…その言い方からして、石田さんもですか?」
「当たり前だ。今日は新しい本が入るからな」
そう、これが今日、私が早く図書館へ向かいたかった理由だ。今日は図書館に新しい本が入る日なのだ。
普段から人がほとんどいない場所とはいえ、知る人なら必ず借りにくる。だからこそ早く行って気になる新書を借りたかったのだ。
「貴様もどうせそれ目当てだろう」
「はい、勿論です!それに、私がこの間借りた本の後編も入るって聞いてましたから」
「ああ、あれか」
「そういえば石田さん、あの本のこと聞いてきましたもんね」
「…その作者の著書が気になっただけだ。それより、さっさと行くぞ」
「あ、そうですね」
石田さんは顎で向こうを指し、歩き始めたので私もそれを慌てて追いかけた。けど、さっきの背後から聞こえた足音のスピードよりずっと遅かったからすぐに追い付けた。
――…実は最近、気が付いたことがある。石田さんは、大谷さん関係以外ではそれなりに優しい。
大学では相変わらず友達はいないし、お昼もひとり。だけど先日、私が食堂の端の方でひとりで食べているとたまたま石田さんと会った。石田さんも人と関わるのがあまり好きじゃないのか、会った時は石田さんもひとりだった。
別段仲が良いわけではない。だけど、知らない仲ではない。そして私の座る席の前は空席。石田さんは躊躇なく私の席の前に腰をおろした。
それ以来、石田さんとはちょくちょく話すようになったのだ。内容は勿論本の話。お互いお喋りではないけれど本の趣向が合うので、ひとつ本の話をすればぼそぼそと続く。
今までこんな風に本の話をしたことなんてなかったから、石田さんと話すのは本当に楽しいのだ。そして、それに付き合ってくれる石田さんには感謝しかできない。
そうこうしているうちに、あっという間に図書館に到着した。早速中に入ると、仏頂面が似合いすぎる毛利さんが相変わらずの冷たい目でこちらを一瞥。いつも通り、と言いたいが、ほんの少しだけ違う。いつもより機嫌がいい気がする。
「毛利、例の本はどこだ」
「こんにちは、毛利さん。早速なんですが、あの本まだありますか?」
「…せっかちなやつらめ。少し待たぬか」
毛利さんは溜め息をつきながら読んでいた本に栞を挟んで少し後ろの棚へ向かった。すぐに毛利さんは戻ってきて、カウンターに本を数冊並べた。
「あっ、これ…!」
「新書の手続きを可能にするのを後に回しておいた」
「貴様にしては随分な施しだな、毛利」
「ふん、…日輪の参拝で気分が良かっただけのこと」
「あ、ありがとうございます毛利さんっ!」
どうやら毛利さんは、私がこの本が来るのを楽しみにしていたことを知り、貸出可能にする順番を変えて置いていてくれていたらしい。
普段は本でぶっ叩いて来たりするけど、毛利さんはこういうところがあるから憎めない。ただ、下等生物を見るような目で見てくるのは未だに慣れない。
「じゃあ早速借りて良いですか?」
「ならばさっさとカードを出せ」
「あ、はい」
カードを出すと、毛利さんは手早く処理を済ませ、本とカードを渡してきた。ちなみに石田さんは隣で妙なものを見る目でカードを出していた。
「毛利さん、本当にありがとうございます。今度なにか持ってきますね」
「感謝される謂れはない」
手続きを終えた毛利さんは、そう言いながら栞を挟んでいた本の続きを読み始めたのだった。
「石田さん、よかったですね」
「……貴様もな」
仏頂面の石田さんも今日ばかりは少し嬉しそうだった。
(120913)
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