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個人ランク戦


えへ、えへへへへ……思わず漏れ出す笑みで、優希は本部の廊下を曲がる。ほわほわとした雰囲気を振りまいている彼女の機嫌のよさは、ひとえに先日の「先輩」の存在であった。

なんと先日のコーヒーの人、改め、影浦先輩はとってもとってもやさしい人だったのだ。コーヒーに引き続きなんとあろうことか天ぷらうどんを奢ってくれた影浦先輩に真意を訪ねると、「先輩だから」と一言。なんということだ。先輩後輩というものから無縁に思っていた自分にすでに先輩がいただなんて。

あまりのびっくりと嬉しさで泣き出してしまっても「食べろ!」とすごくうどんを勧めてくれた。きっと伸びる前に食べろということだったのだ。なんてやさしい人なのだろう。怖い人だと思っていて本当に申し訳ない。結局あの後も、困った顔をしながら自分が泣き止むまで待っていてくれた影浦のことを、仏様のようだと優希は思った。

そんな嬉しい優希は、訓練室に向かっていた。理由としては、新しく装備したトリガーの練習がしたかったからだ。本当なら対人戦でやりたいが、照屋もそう暇なわけではない。優希はB級に上がってから、菊地原とのランク戦以降誰とも対戦をしていなかった。

「あ、えーっと、久野!」
「ひっ、」

突然知らない声で名前を呼ばれ、思わず悲鳴が出た。今のは確実に、女の子の声ではなかった。ぎぎぎ、と錆びついたブリキのように振り返る。

「だよな? お前」

近寄ってきた男を見て、さらに悲鳴をあげたくなった。ししし知ってる……! 攻撃手のすごい人……! 「は、はい……すみません……」うつむいたまま返事をすると、米屋は「なんで謝んの?」と笑っていた。

「訓練室? なんかやんの?」
「あ、あの、あ、と、とりがー、おぷ、しょ、た、試したく、て……」
「ん? オプション? なんか増やしたの」
「さ、最近、あの、ずっと、れんしゅ、して……」
「一人で? 訓練室で?」
「そ、そそ、そうです……」
「つまんねーだろ。どうせならランク戦行こうぜ。おれも行こうとしてたとこだから」
「え、えっと……」
「ほらほらごーごー!」
「ええっ……!?」

ぐいぐいと背中を押されて早足になる。どっどど、どうしよう。ランク戦なんて、そんな、たくさん人がいるとこ。「むむむ、無理です!」と優希が否定した。

「無理じゃねーって。一人で任務回れるくらいつえーんだろ?」
「ちゅ、つよ、ないです!」
「じゃあ次からおれらと任務回るか?」
「ひえええ……!!」

どんどんと進みながら米屋の会話のペースに巻き込まれる。「お前ランク戦で全然見ねーからやっと捕まえられたわ」と笑顔で言われ、このまま米屋と戦う流れになっていることに顔が青ざめる。そ、そんな、なんの対策もできていない。米屋さんはどんな戦闘だったっけ……頭の中で米屋の戦闘データを引っ張り出していると、いつの間にやらエレベーターに乗せられ、あっという間にランク戦ブースへとついてしまった。

「お、米屋」

「荒船さん。ちーっす」ランク戦を先にしていたらしい荒船に米屋が挨拶をする。あっ荒船さん……! ひとりで任務に当たらせてもらえるようになった件で荒船にとても大きな恩義を感じている優希が「あっ! あの、ほんと、このたびはありがとうございました……!」と反射的にぺこぺこと頭を下げる。「いや、それ前もこの前の任務でも言われたからもういーって」荒船が苦笑するが、それでは足りないくらいの恩義な優希はなおも頭を下げる。

「にしても珍しいな、お前久野と仲良かったのか?」
「今日初めて喋りました! なっ!」
「はっはぃ……」

「一人で練習するとかつれないこと言うんで連れてきちゃいました」という米屋にだろうな……とひきつった顔の優希をみて荒船が言う。

「大丈夫かほんとに。嫌なら断れるんだぞランク戦は」
「……い、」

「い……いやでは、な、ない、です……」優希だって、わかっていた。いい加減、対人戦を交えないといけないことくらい。これ以上プログラムされた相手と戦ってもスキルアップは望めない。トリオン兵相手なら、もう十分倒せるのだ。青い顔をしたままの優希の返事を聞いて、「おっ」と米屋が笑った。

「んじゃおれからやっか! 練習なんだろ! 何本でも付き合うぜ!」
「あ、あ、ありがと、ございま、す……」

消え入りそうな礼に「いいっていいって」と米屋がへらりと笑った。






「すげえなー、お前」

10本勝負を終えた米屋に声をかけられ「へ、へい……?」と情けない返事をした。先ほどの10本勝負、せいぜい3本しか取れなかった。オプションとの連携にも粗が目立った。なのに、なにがすごいと言うのだろうか。

「目、変わんのな。別人だろあれ」
「な、なに」
「戦ってるとき。お前、戦闘中はそれだけ考えるタイプだろ」

それだけ考える、というか、それ以外を考えると立っていられないだけである。曖昧に優希が笑うと、米屋が「お前から見てさ、おれはどう見えた?」と聞いてきた。質問の意味がわからず聞き返すと、「お前、すげー分析マンなんだって?」と言われた。

「ななな、なんでそ、それ、を……」
「東さんが言ってた」

「それにほら、いつもラウンジで勉強みてーなことしてるし」と付け足した米屋に、優希は信じられないという顔をした。あのとき褒められただけでなく、知らないところで自分の名前があがっていたなんて。

「みんな言ってるぜ。なんか博士みてーなすげーのが入ってきたって」
「は、はか……!?」
「あれ、やだった? 褒めてんだけど」

や、とか、そういうことではない。みんなとは、いったいどこでのみんなだろうか。自分が思っていたより、自分のことを、周りは認識しているのだろうか。は、恥ずかしい。恥ずかしい、反面、少し、落ち着かない感じがした。そわそわする。すごく、そわそわする。

「おーい?」
「……よ、よね、」
「ん?」
「よにゃ、よねやさん、は、」

優希が話そうと頑張っていることを察した米屋が「うん」と頷いて言葉を待つ。

「一発しょう、ぶ、っぽく、見せて、あの、細かいです。動き、癖が取りにくい」
「うんうん。そんで?」
「だからあの、こっちは、さらにこま、細かくするか、うら、かく必要があります」
「あー、おれそれでお前にやられたもんな」
「そ、そ、れは」
「いや別に気にしてねーって。戦っておれはさらに強くなんだから」
「それ、か」
「か?」
「か、……かっこ、いい、ですね」

よく聞いてくれたもんだからなにも考えずに出てしまったそれに、優希がはわあああ!!とやっちまったと口を手で隠した。な、なにを言っているんだ自分は。米屋は少しぱちくりとまばたきをしたのち、にやーっと笑って優希を覗き込んだ。

「惚れんなよ?」
「ほ、ほっ……!?」

指をさして言われたそれに、慌てて返事をする前にまたランク戦やろーな、と笑って米屋がそれを切った。