かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ わるものだから泣かない

それから、かなりの時間が流れた。名前が城戸にしたことのある、今まで彼が「虚言癖」と認識していたそれらを全て、空閑で検証した。空閑は全てを正しいと判断し、城戸は検証を終えて先ほどと同じように「そうか」とだけ言った。





「迅さんは知ってるの?」

会議室を後にした空閑が最初にしてきた質問はこれだった。なんとも答えにくいことを聞くなあと名前は苦笑した。

「迅さんはね、知らないの」

「なんで?」

間髪入れずに空閑が更に聞いた。なんでとは、「なんで話さないの」という意味だろう。名前は「なんででも」と笑った。それを見て空閑も話す気がないということを察したのか、それ以上言及することはなかった。

「このこと、みんなには内緒ね?」

「オサムにも?」

「オサムにも」

名前が空閑の言い方を真似て答えると、空閑は「ふむ、」と顎に手をやった。

「隊長に隠し事とはなかなか大変だな」

ようやくいつも通りの空閑らしく話してくれ、名前が「頑張ってね」とほっとしたように笑いかけた。

人気のない廊下を、二人並んで歩く。先ほどの会話を最後に、二人の間に言葉はない。ただ黙って、本部の出口を目指した。

「一つ聞いてもいいか?」

去り際になって、空閑が振り返った。名前が「なに?」と優しく聞く。空閑は少しだけ息を飲みこんでから言った。

「名前さんは自分がいたとこに帰りたいのか?」

空閑の言葉に、名前はいつも通りにへらりと笑ったまま「もちろん」と答えた。空閑は安心したように「そうか」と彼女に笑いかけた。

本部の扉を開いて空閑が去って行く。手をひらひらと振って、彼の姿が本当に見えなくなるまで、見送った。

ひとりきりになった名前は、くるりと方向を変える。今度目指すは、自分の部屋だ。本部にある、自分の部屋。

(近界民同士庇い合っている可能性も含めて___)

「あー……」

ちょっと、きついかもしれない。にやけてみても、誤魔化せない感じかも。思い出すだけで喉の奥と胸がぎゅうっと痛いくらい縮こまって、息苦しい。

そりゃそうか。城戸司令からすれば、素性のわからなかった近界民が得体のもっと知れないものになっただけのことだ。いや、そんなものとっくにわかってたし、わかってたから空閑が現れても自分への尋問を城戸に持ちかけなかった。そんな、無意味なことなんて。

だというのにあの男、なぜ今更自分にこんなことをさせたんだ。城戸の考えが読めないと、こちらとしては困るのだ。はあ、と深く吐いた息に、肺がぎゅうっと締め付けられた。

まあ、少し自分への警戒を強めてもらえたならいいけれど。これでなにかあったときにヒュースに割く人材を減らせられるなら全然、予定の範囲内、なんだけれど。

正直、はっきりと言葉にされることが怖かったんだ。どこかで少し期待していたのかもしれない。もしかしたら信じてもらえるんじゃないかなぁ、なんて。もしかしたら、信じてもらえれば何か変わるかも、とか。本当に本当に情けないけれど。あ、駄目だこれ結構苦しい。死んで、しまいそう。

「……はは」

しゃがみ込んで、息を吐くように笑った。ああよかった、今が夜で。深夜の本部には開発室にしか人はいない。その開発室はここからずっと遠いから。誰も人なんて来やしない。わかってるんだ。もう、ずっと住んでるから。

丸くなって、少しだけ耐える。大丈夫だ。これくらいなんてことない。大丈夫。家に帰れば、私の居場所はちゃんとある。

大丈夫、なんだ。

(わるものだから泣かない 無駄な期待などするんじゃない)

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