かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 知ったかぶり

「何かあったのか?」

先日、村上にも同じことを聞かれた。「最近名字の話しないけど」という言葉のあとに続いたそれに影浦はわかりやすくも固まってしまい、村上に大丈夫かと心配された。

ざわざわとした教室では、近界遠征の話題で持ち切りだった。受験をひかえている者もいるが、やはり大きな話題があるとどうしても話をしてしまうのが学生というものらしい。その中で、ボーダー隊員でありそもそも遠征の存在を知っていた二人が話していたのは同じ学年の友人の話題だった。

「なんもねぇよ」

結局自分はそのとき、絵馬に言ったのと同じ言葉で会話を切りあげた。村上に少しだけ申し訳なくなったが、影浦自身もあまり話したくない話題だったためやはり言う事は無かった。







影浦雅人が名字名前に会ったのは本部でのことだった。入隊してすぐくらいの、北添と拳で仲を深めていたくらいのとき。影浦は人通りの多い本部でイライラを携えながらゆらりゆらりと歩いていた。

「あ、すいません」

ちゃりんと落ちた小銭を影浦が拾うと、前方からそんな声がした。女の声で、顔を上げるとそこにいたのが名前であった。

「ありがとうございま……あ、」

手を差しだして小銭を受け取ろうとした名前が、礼の途中で固まった。途切れた言葉に、影浦は人の顔見て驚いてんじゃねぇよと心の中で愚痴った。

「君あれだ! 影浦くんだ!」

「あ?」

「ゾエにぶん殴られてた子だ!」

「その認識やめろ」

「拾ってくれてありがとね」と笑う女から刺さった感情は、“嬉しい”だった。


▽▼▽


よく笑う女だと思った。へらへらと口に笑みを携えて、いつだって女は半笑い状態であった。言ってしまえば怒っているときも口元には笑みを残していて、それはそれで不気味で怖かった。

最初に会ったとき、「ゾエと拳で語り合った熱い男って聞いてたのになんかダルダルしてるね君」と失礼な挨拶を受けた影浦の彼女への評価は「馬鹿でなんかうざい女」であった。

「カゲまだマスクしてんの? いつになったら花粉症治るの?」

「俺が花粉症でマスクしてると思ってたのかテメェ」

「つらいよねぇ花粉症。眼鏡とかいらない?」

「お前少しは人の話聞けよ」

だがしかし、影浦は彼女の傍を好んだ。彼女が一方的に近づいて来るというのもあったし、彼女の能天気さは感情受信体質という難儀な体質であった影浦にとって楽なものであった。

彼女は決して、自分に負の感情を向けることはなかった。口は悪いが彼女はいつだって“楽しい”“嬉しい”“構え”この三つくらいしかほとんど感情を持ち合わせていなかった。影浦が彼女を「馬鹿」と形容する由縁である。まあ成績も悪いので、そっちの意味でも馬鹿と呼んでいた。

「なあ」

そんな彼女の変化に気付いたのは、11月の終わりくらいのときだった。時期的に言えば、もうすぐ遠征選抜試験が実施されるという頃。

「お前、なに謝ってんだ?」

影浦には不思議であった。彼女の感情が、少しずつちぐはぐになってきていることが。笑っているのに悲しんでいる。笑っているのに謝っている。今も、何故だか影浦に対して謝罪の気持ちを向けていた。この感情は、むず痒さと少し悲しい痛みが与えられて、影浦は好きではなかった。

このとき影浦は、とくに何も考えずに言った言葉だった。だらだらと学校に残っていたら名前がいたので、そういえば聞いてみるかくらいの気持ちだったのだ。そのときまでは。

「え?」

影浦の言葉に、名前が顔を上げて言葉を失った。そして影浦もまた、何も言えなくなった。

目に見えて狼狽えたように、名前は色々と口を回していた。言い訳じみたそれは、それはもう酷い内容で、もっとましな言い訳があっただろうと思ったのを覚えている。どれだけ言い訳をしたところで、影浦に刺さっている感情は変わらないけれど。

「おまえ、」

ようやく影浦が口を開くと同時に、「お前ら帰んねーの?」と自分たちの同級生が廊下から声をかけた。名前はすぐに「帰るー」と返事をして、先ほどまでゆっくりと直していた教科書の残りを雑に鞄に詰めると教室の扉に走った。

「カゲも帰ろーよ」

振り返って笑った名前には先ほどの狼狽えは見て取れなかった。まるで、さっきの出来事全てなかったことになったかのように。何も、気まずくなることなどなかったかのように笑っていた。その笑顔に、答える気はないと言われた気がした。

名字名前は同級生の女子だ。バカで、能天気で、得意な事は戦闘と料理で。自分の知っている名字名前はそんな奴だ。

「影浦?」

なかなか来ない自分を誰かが呼んだ。その声は確実に先ほど話をしていた女ではなく、名前はすでに誰かと会話をしながら帰るために下駄箱へ足を進めていた。

なんなんだよ。感情をぶん投げるように、鞄を引っ掴んだ。ただただ、彼女に向けられた感情が心臓を殴られたように痛かった。

「……意味わかんねえ」

口に出た言葉が、とても虚しかった。


(知ったかぶり なんであのとき、怯えたんだよ)

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