かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 青春という怠惰

作戦室に戻った絵馬に最初に声をかけたのは北添だった。「ユズルおかえりー」と北添が言うと、姿が見えなかった仁礼も「お、ユズル戻って来たか」と奥から声が聞こえた。多分給湯室にでもいるのだろう。

「おー」

とくに名前を呼ぶでもなく、影浦がだるそうに声を上げた。そんな言葉も、一応は「おかえり」の意味を持っていることを知っていた絵馬は「うん」と返事をした。絵馬の言葉もまた、「ただいま」という意味を持っていた。

影浦隊は基本的に自由で、ランク戦前にも後にもミーティングらしきものはしない。それがバレていたために絵馬は名前に絡まれていたわけだ。

「おい、漫画どかせ。お茶持ってきてやったぞ」

「ああ? お前の漫画だろうが」

「うるせーなぁ。お菓子やんねーぞ?」

給湯室から出てきた仁礼が人数分の茶ともらい物のお菓子を持って出てきた。おぼんをテーブルに置いて、仁礼は渡された漫画をいそいそと自分のスペースであるこたつゾーンに持ち帰った。

「ユズルどうしたの、遅かったね」

「名前さんに絡まれてた」

絵馬が短くそう言うと、「名字はユズルのこと可愛がりたいんだよ」と北添が笑った。絵馬もそれはわかっていたが、ああやって構われるのはなんというか、絵馬としては照れ臭かった。

北添が微笑ましそうに笑っているのもあって、照れをごまかすようにお茶を飲んだ。まだ熱くて、少し火傷した。

「名前は構いたがりだからなー」

「……ヒカリも人の事言えないと思うけど」

「なんだユズル。構ってほしいのか?」

ほれほれお菓子やるぞ、と菓子の入った皿を差し出してきた仁礼も名前と相当するくらいに構いたがりだよなと思いながら絵馬は一つ菓子をもらった。そのことに機嫌を良くしたのか「それうまいぞー」と仁礼が笑う。

「そういや、最近名前作戦室来ねーな」

派生して出た話題に、北添が「ああ、そういやそうかも」と同意する。絵馬も言われて初めて、そういえば最近名前と作戦室で会っていないことに気付いた。

名前はよく他の作戦室に行っては遊んだりお菓子を持ってきたり、割と自由にやっている。それは本部所属の隊は理解しているし、「また来たのか」なんて言いながらも結構それを楽しみにしているのだ。S級なんて立場にいるが、よく色んな人間と模擬戦を交えているのもそういった交流からかもしれない。

「カゲが来るたびに文句言ってるからじゃない?」

「カゲは名前に厳しいからなー」

「……知るかよ」

「お、」北添と仁礼が顔を合わせた。ここで影浦なら「あいつが勝手に来るからだろ」と文句の一つも言うはずだ。絵馬も不思議に思ったため、北添と仁礼と視線がかち合った。

「どうしたカゲ、喧嘩したかー?」

「うるせえ」

「ヒカリちゃんそっとしといてあげよう。反抗期だから」

「そうだなゾエ。反抗期だから」

「うるせえっつってんだろうが!!」

「カゲさんお茶冷めるよ」

遊ばれ始めた影浦が怒鳴るが、慣れ切っている二人からすれば「うちの子は反抗期ねぇー」なんていじる材料にしかならなかった。しかし遊んでいても少しは心配しているのか、「名前ならそのうちフラっと来るだろ」と一応フォローを入れていた。

影浦は返事を返さず、そのままイライラと菓子を乱暴に噛み砕いた。彼はこういったとき、うまく物事を隠すことは得意ではなかった。それは多分、彼自身が嘘の通用しない体質だからだろう。

「あれ、ヒカリちゃんこれ茶ばしら立ってる」

「マジか!! 初めて見た!!」

北添と仁礼が別の会話を初めてからも、絵馬はぼうっと機嫌の悪い影浦を見ていた。先ほどの名前の様子を思い出しても、絵馬には名前が影浦を避けているという印象は感じられなかったからだ。影浦は視線に気付くと、菓子を飲み込んでから「なんだよ」と聞いてきた。

「何かあったの?」

絵馬が影浦に聞いた。チッという舌打ちと、「なんもねぇよ」という言葉だけが返って来た。なおも機嫌が悪そうな影浦に絵馬は首を傾げたが、そもそも彼は機嫌のよいときの方が少なかった。またいつもの軽い喧嘩でもしたのかと疑問はなくなり、ようやく飲み頃になったお茶を一口飲んだ。


(青春という怠惰 喧嘩すら、させてくれなかった)

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