かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ いっそ消えちまうか

殺しをしていた者はその後、また別の兵により見つかり、処分を受けた。私怨を晴らすことは、軍隊という組織では許されない事だった。

ぼんやりとした頭でふらりと部屋に戻った。暗くて狭い、相変わらず綺麗とは言い難い場所だったけれど。自分にとってはどこよりも落ち着ける場所だった。

ベッドに横になったまま時間が過ぎていく。自分が知らないところで、ああして人は死んでいたのだろうか。死んだ彼は、本来捕虜になるはずだった。捕虜であった自分も、下手をすればああして殺されていたのだろうか。

名前の部屋は、捕虜を捕らえる牢と近しい位置にあった。新しい捕虜が来たときに、前までの捕虜がいなかったのを、どこに行ったのと聞いたことがある。自分の国に帰ったと兵士は言った。あの捕虜は、本当は、ほんとは、どこにもいなくなってしまったのだろうか。

ふ、と机に置かれていた腕輪が目に入った。最初にこの世界に来た時の記憶が蘇って、苛つきとか虚しさとか、今の拭い落ちない暗い感情とか、色々なものが胸を渦巻いた。

「……なんで、」

なんで、こんな目に合わなきゃいけないの。ぽつりと落ちた言葉が狭い部屋を満たした。

理不尽なこの現状、いっそ壊してしまおうか。この組織を壊して、国なんて壊滅させてしまおうか。そんな力、あるわけもないのに。うっすらと笑いが浮かんで、それが妙に虚しかった。


カタ。机に置かれた黒い腕輪が、小さく揺れた気がした。







名前は売店近くで菊地原と会った。相変わらず覇気のない眼がこちらを捉えて、「やあ菊地原くん、これからランク戦見に行かない?」と誘うと「こないだも会場いましたよね。暇なんですか?」と失礼な挨拶を返された。

「暇じゃないの。時間の使い方がうまいから暇に見えるだけなの」

「物は言いようですね」そう言って、ふい、と菊地原は名前を置いて歩き出す。名前がどうしたのだろうと思っていると少し離れた位置から振り返った。

「なにしてるんですか。ランク戦行くんでしょ」

「……菊地原くんは本当にツンデレさんだなぁ」

はぁ?意味わかんないんだけど、と言う菊地原にはいはい意味わかんなくてごめんなさいねと名前が適当に流した。それがまた気に食わなかったのか、そもそもそういう顔なのかぶすっとした表情で菊地原が名前の横を歩く。

「こないだ三雲くんと空閑くんと会ったんだって? 珍しい組み合わせだね」

「……なんで知ってんの」

「玉狛行ったから」

「本部の人間が支部に出入りして、本当暇なんですね」ときっちり文句を言ってから、菊地原は先日の件について語りだした。

「捕虜の尋問ですよ。玉狛の角付き」

「ああ。そういえばまだだったっけ」

菊池原は強化聴力を持っているため、相手の心音などから精神状態をチェックすることができる。尋問には最適な人材だ。とはいえ、名前にはヒュースが口を割るとは思えなかった。そう思っていると、「全然使えませんでしたけどね」という言葉が返って来た。

「じゃあ空閑くんも尋問に?」と聞くと菊地原が頷き、「そしたら何故か三雲も着いて来たってこと」と付け加えた。空閑のサイドエフェクトほど尋問に向いているものもないだろうな、と名前は彼の貴重な能力を思い出した。

「嘘を見抜けるなんて、本当にあるんですかね」

「迅さんの未来視があるんだからあるんじゃない?」

「あの人達がおかしいんであって、僕のは普通ですよ」

「そうかもね」

ぶうぶうと菊地原が唇をつき出して文句を言い、それに同意した。彼は確か、自分の能力をあまり気にいっていなかった気がする。現在は風間隊を見ても非常に役立つ能力なので、好きと言わずとも嫌いではない、くらいにはなっているようだが。

では情報集めはまだなのかと聞くと、「黒トリガーの尋問でなんとかなるっぽいですよ」と言われる。ああそうか、確か先日開発室からそのような報告を受けていたなと思い出す。

黒トリガーとは、本部に突撃して風間隊に倒されたアフトクラトルの兵のことだ。奴の死体の頭部に刺さった角を利用し、トリオンを注入すると動ける体になったとは聞いていた。どういう原理なのかは知らないが、改めて技術班の技術力には感服する。

「まあ、遠征への情報の目途が立って何よりだよ。多分今回、早めに決めるだろうし」

「……あの三雲っての、」

菊地原が、思い出したように話した。それに対して名前は「三雲くん?」と首を傾げた。

「次の遠征に間に合わせる気でいるらしいですよ」

菊地原が玉狛、ではなく三雲単体を言ったことに名前が笑う。風間が彼を気にかけていることもあり、菊地原も三雲のことが気になるらしい。名前が嬉しそうにしていると「何笑ってんの」とまたも生意気な後輩から文句が出た。


(いっそ消えちまうか せかいはりふじんだ)

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