よみもの
乙女の悩み
今日もまた倒れてしまった……。
リディルは自己嫌悪に陥りながら、少しだけ薬品の匂いがするベッドに寝ていた。
「んー、37度5分。だいぶ下がったけど、まだもう少し休んでいなさいね」
体温計を確認して、ローズマリーが言った。
「はい……」
夏休みの最終日曜日。
今日は水泳部の大会があり、この学校のプールで行われるというからこっそり応援に行ってみたのだが。案の定、暑さで倒れてしまったのだった。
誰の応援に来たかといえば、それは言わずもがな、フェイレイだ。どこの部にも属していない彼は、たまに運動部の応援に駆り出される。今日は水泳部だった。
リディルの身体の弱さを知っているから、フェイレイは決して応援に来て欲しいとは言わない。特に、今日のような真夏日には。
(でも、たまには)
彼の勇姿を見てみたいのだ。
何でも出来る彼は、きっと今日も、イルカのように綺麗に泳いでいたに違いないのに。まったく見れずに終わってしまった。
「良かったわ、汗、出てきたみたいね」
軽い熱中症だろうというローズマリーの診断で、首や脇の下に氷嚢を当てていたのだが、身体が落ち着いてきたのか、熱を冷まそうと汗が出てきた。
額の汗を拭ってくれるローズマリーの、たわわな胸が丁度目の前にきて、思わずそこに目が釘付けになる。僅かに動くだけでぷるんぷるんだ。
「着替えた方が良いかしらね。私の服、貸して差し上げますから」
「はい……」
少しだけダルい身体を起こして、ローズマリーがカバンから出してくれた白いシャツを受け取る。
そして自分の着ていたセーラー服のボタンをはずし、前を開いたところで、手を止めた。
下を見下ろせば、キャミソールの中に見える、ささやかにしかない胸の谷間。
チラ、とローズマリーを見れば、くっきりと、ばっちりと、聳え立つ山の合間にある素晴らしい谷間。
(なんだろう、この違い……)
身体が弱く、ほとんど運動をしなかったせいと、食が細いせいなのか。人より成長していないような気がする。気がするのではなく、実際、そうなのだが。
「どうしました?」
俯いたまま動かなくなったリディルを見て、ローズマリーが声をかける。
「あ、いえ……」
「ホラ、空調が効いていますから、早く着替えないと冷えますわよ」
さあさあ、とローズマリーにセーラー服を脱がされ、乾いたタオルで軽く汗を拭かれる。その間にも、羨ましいくらいに弾むローズマリーの胸。
「……どうしてそんなに大きくなったんですか」
「え?」
思わず零れてしまった疑問に、ローズマリーは初めきょとんとしていたが、やがてその意味を理解した。
「ああ、これは……」
自分の胸を下から持ち上げて、ニコリと微笑み。
「ダーリンのおかげですわ〜」
……と、のたまった。
「……お兄様の?」
リディルは意味が解らず、眉を顰めた。
「ええ。ダーリンに愛された証ですのよ」
「……」
何故愛されると育つのだ。こてり、と首を傾げる。
そんなリディルに、ローズマリーはそっと、耳元で詳細を説明してやった。
「……。……! ……!!!」
初めは訝しげに聞いていたリディルの顔は、やがて耳まで真っ赤になった。
「ですから〜。リディルさんもフェイレイくんに……」
「や、やだ、やだ!」
「あら、どうして?」
「……み、見せられない」
そんな『どうこう』する前に、こんな貧弱なカラダは見せられない、とブンブン首を横に振った。
「そんなに悪くないと思いますけれど? 貴女、細いわりにちゃんと柔らかいし、ほら、ここもかわいらしい」
ローズマリーはリディルのキャミソールを摘んで、中を覗き込んだ。
「先生! やだ、やめて!」
真っ赤になって胸を押さえたり、ちょっとからかわれたりしていたら。
バターン、と扉の開く音がして、シャアッ、とカーテンが開けられた。
「リディル、また倒れたってっ……」
入ってきたのは、いつもリディルが倒れると駆けつけてきてくれる人で。いつもなら、それが嬉しいはずの人ではあったが。
「乙女の着替え中に入ってくんじゃねぇええええ!!」
リディルの心の声を代弁したローズマリーのラリアットが炸裂した。
「ごめん〜! ごめんってば!」
着替えが終わり、布団を頭まですっぽりかぶったリディルは、フェイレイに背中を向けて寝転がっていた。
「ゆるさない」
布団の中から、くぐもった声。
「見てないから! てか、見えてないから!」
惜しいことに、ローズマリーの身体でほとんど隠れてしまっていたのだ。ラリアット喰らい損である。
「ダメ」
「許して〜!」
「イヤ。あっち行って」
「ガーン!!」
フェイレイはショックを受けて、床に蹲ってしまった。
「き、嫌われた……リディルに嫌われた……」
しくしく泣きながら蹲るフェイレイを、ちょっとかわいそうだとは思いながらも。リディルは顔を出して「いいよ」とは言えなかった。
だって。
(今近づかれたら、心臓が壊れる)
先程のローズマリーの助言が、グルグルと頭の中を駆け巡っていた。
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