よみもの
3.昇進の報告は怒りとともに
私が侍女から女官に昇格したこと、それもノギク妃殿下付きになったことを実家の母に手紙で報告しました。そうしたら、翌日には返事が届きました。喜んでくれるだろうとは思っていましたが、なんという速さでしょう。恐ろしい。
相当な枚数が入っていることが分かる丸みを帯びた封筒を開けて、一枚目に目を通しましたらば。
『でかした』
紙面いっぱいを使って、その一言。
──それだけか!
思わず手紙を床に叩きつけてしまいました。
ここ数年で製紙技術が発達したとはいえ、薄い紙はまだまだ貴重なのです。その貴重品を、なんという無駄遣い!
などと憤りましたが、いけません、私は妃殿下付きの女官。何があっても冷静でなくてはならないのです。怒りの感情のままに行動することがあってはなりません。
ふう、と大きく息を吐き出してから手紙を拾い上げ、二枚目に目を通しました。
『それで妃殿下はどのような方なの。皇子と熱烈な恋愛の末、星を越えて結ばれたお二人はやはりラブラブなのかしら。お城の中でのお二人の様子を報告するべし』
するか!
私は再び手紙を床に叩きつけました。
自分の主人を、しかも皇族の方々の日常を、出来た女官は他に漏らしたりしないのです!
憤慨しながらも手紙を拾い上げ、更に続きを読みますと、勇者様と皇女様にはもうお会いしたのかとか、お二人を題材にした新しい舞台が公開になったのだけれどその内容は真実なのかとか、皇子殿下と妃殿下の御子様のご誕生はまだかとか、市井の者ならば誰もが興味津々な質問が連なっていました。
まあ、皇族家が新設されるのは何時になるのかとか、現在勇者様と皇女様はどこを旅されているのかとか、ノギク様の出身星はどちらだとか、機密に触れそうな内容がなかったのは良かったのですが。
母よ、貴女は何のために私を城勤めにしたのですか。
引き千切りたくなるのを必死に堪えながら最後の一枚に目をやると。
『姉ちゃん、助けて』
……という、弟の字と、
『マリー、帰ってきて』
……という、父の字が。
母が送ってきた手紙の中に、隠されるように入っていたその一枚。それを見ただけで、彼らの置かれている状況と、必死さが伝わってきました。
私は母からの手紙だけをぐしゃりと握りつぶし、弟と父の手紙を丁寧に封筒に入れ、そっと胸に抱きしめました。……ごめんね、父さん、マリウス。私は妃殿下付きという大変名誉なお仕事につくことが出来ました。だからおいそれと帰ることは出来ないのです。母さんに負けないで頑張ってください。近くとも遠いこの場所から、いつも応援していますからね……。
そう願いを込めて、そっと机の引き出しの中に手紙をしまいました。握りつぶした母からの手紙は、ゴミ箱にポイします。そのゴミ箱を眺めて、ひとつ溜息。
このお手紙、検閲官の方がチェックしているのですよね。封筒にはきちんと『検閲済み』の判が押してありますし。
すみません。このようなくだらないお手紙を読ませてしまいまして。ご丁寧に、封筒に『不要な返事はなさらないのが御身のためです』と書かれたメモを貼り付けてくださいまして。ええ、分かっております。妃殿下付きの女官たる者、余計な情報は漏らしませんとも。ただ、父と弟を心配する気持ちだけ送らせて下さい……。
さて、肝心の女官としてのお仕事ですが。
妃殿下の身の回りのお世話は専属侍女の皆さんがやってくださいますので、女官のお仕事はその様子を見守ることと、妃殿下のスケジュールを調整したり、宮中行事などの予定の確認、その他色々と手配するのが主なお仕事となります。妃殿下に気づかれることなく鼠の始末をしたり、毒見をすることも大切なお仕事です。
ノギク様は争いのない、平和な国でお育ちになられたそうですから、毒に対する耐性はまったくないでしょう。ですから私も気合を入れて毒見をしなければなりません。幸いにもおばかな母のおかげで、集められるだけの毒の匂いも味も覚えましたからね。たとえ無味無臭であっても、ひとつも残さず感知してみせます。
部屋は妃殿下の私室のすぐ近くに宛がわれました。侍女時代は二人部屋で二段ベッドに寝ていましたが、女官は一人部屋なのです。しかも少し豪華なのです。ベッドの質も良く、素晴らしい寝心地で毎朝すっきり爽快に目覚められます。官位がつくとこうも待遇が違うものなのですね。それだけしっかりとお役目を果たさなければいけませんね。
夜は交代で妃殿下の寝室の隣で寝ずの番をします。このときは騎士様と二人での勤務となります。
騎士様は十人のうち半分が女性です。妃殿下付きですからね。けれども男性もいらっしゃるので、薄暗い部屋で男性と一晩過ごさないといけないのか……と思ったのですが、そこは先輩方が気を遣ってくださいまして。
「さすがに未成年を男と二人きりにするのは外聞が良くないわね」
と、ジュリア先輩(既婚、子どもありの二十代後半くらいのお姉様)が言い、
「マリオンはまだ15ですわよね? 学校を卒業したばかりの女の子だもの、むさ苦しい殿方の相手など怖いですわよね。女性騎士の方と合わせましょう」
珍しくも生粋の貴族家の令嬢であるカサンドラ先輩(未婚ですが婚約者あり。お相手は宰相閣下の息子さんだとか。ひい〜、皇族に次いで偉い人です〜)もそう言ってくださいました。
「ええー、マリちんは15歳なの? 中学生じゃない。夜勤とか大丈夫? 辛かったら休んでいいんだからね。シンくんがいれば悪い人なんて全然怖いことないんだから」
お優しくも、ノギク様にもそうお声をいただきました。
マリ『ちん』というのは、ノギク様が親しい方に対してつける敬称なのだそうです。ジュリア先輩はジュリー、カサンドラ先輩はキャスと呼ばれていて、曰く、「ちんって付けづらいよね、外国の名前って……その点、マリちんは付けやすくていいよね。親しみを込めて呼べて嬉しいな」だそうです。
妃殿下に親しみを込めて名を呼んでいただけるなど、天にも昇る心地です。ありがとうございますノギク様! 私も心からお慕いするノギク様に全霊をかけてお仕えいたしますね!
まだまだ慣れない職場ですが、頼もしい先輩方や御優しい妃殿下に囲まれて、なんとかお役目をこなす毎日です。
bkm
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