よみもの



14.完璧女官が今日もゆく




 それから更に7年が過ぎました。

 最近は皇都中が、いえ、世界中がお祭り騒ぎとなっています。

 それというのも、惑星王カイン陛下が太上皇となられ、皇太子であったルドルフ殿下が新たに皇帝に就任されるのです。近々戴冠式が行われ、皇城の解放区までお出になるそうです。新聞などでお顔を拝見することはありますが、直接お目にかかれることは滅多にありませんからね。解放区まで赴いて新たな惑星王誕生を祝おうと、世界中から人が押し寄せてきています。

 同時に発表されたのが新しい皇族家、『五公家』です。

 これに伴い、今までは西の離宮にお住まいだったリィシン様、ノギク様ご一家が、皇城内にあるお城へと移られました。お名前も『グリフィノー』ではなく、『リザ=ユグドラシェル』となられます。

 全部で五つある公家は、それぞれ名前が違います。

 リィシン様が『リザ』。

 ノギク様とも仲の良い、第一皇女シャルロッテ様の御子、ラファエル様が『ルルディ』。

 第二皇子であるエーベルト様が『フィロ』。

 第ニ皇女であるクラウディア様が『フルート』。

 第三皇子であるカールハインツ様の御子、テオバルト様が『クラディ』。

 各家、精霊の加護を強く受けた、由緒正しい血筋の方が祖となられます。これで皇家も、公家も、幾久しく繁栄されることでしょう。


 けれども、そこで忘れてはならないのが『グリフィノー』です。

 グリフィノー家に跡取りがいないではないか……と。そのような心配が五公家発表を遅らせる原因のひとつになっていました。シオン様は公家の跡継ぎです。ですからもうひとり、跡継ぎが必要だったわけで。ですが今、こうして発表されたということは、その心配もなくなったというわけで。

 そうなんです。

 つまり、シオン様がお兄様になられたのです!

 シオン様がお生まれになってからはお忙しい日々が続き、お世継ぎどころではなかったのですよね。刺客の数も多かったですし。

 ですが周囲の環境も落ち着いてきましたので、そろそろ……と周りにせっつかれ始めまして、二人の殿下がそれに応えた形で、無事グリフィノー家にもお世継ぎがお生まれになったのです。

 桃色の髪の毛に深海色の目をした、かわいらしい女の子です。お名前は『シャンリー=リザ=ユグドラシェル』公女様です。ノギク様のお名前と同じ種類の花のから取られたそうで、お兄様とは違い、『太陽』の意味を込めたそうです。その通り、笑顔が太陽のように眩しいお姫様です。

 今は『ユグドラシェル』ですが、成人なされたらグリフィノー家に養子に入る形で跡継ぎとなられます。

 お父様であるリィシン様も、お兄様になられたシオン様も、かわいらしい女の子の赤ちゃんにメロメロです。あまりにもデレデレ情けないお顔で接していらっしゃるものですから、ノギク様が少しヤキモチを妬かれて実家に帰るなど言い出しまして、ひと悶着ありました。

 ですがすぐに仲直りされたようで、以前にも増してラブラブぶりが凄いです。

 そしてそして。

 お目出度い話は続くもので、なんと、リィファ様にも第二子がお生まれになったと報せが来ました。


「え、なんで同じなの? お前ら合わせてんの?」

 と、リィシン様がジト目でリィファ様のお手紙に向かって呟いていらっしゃいました。
 
 同じ日にご結婚されたのですから、第一子が同じ年(実際には同じ日でした)に生まれてもなんら不思議はありませんが、第二子ご誕生までは9年空いていますからね。再び同じ年(こちらも同じ日でした)になるなど予想していませんでした。フェイレイ様もリディアーナ様もお喜びでしたし、私たちもお祭り騒ぎでしたが。

 リィシン様のその呟きへのお返事は、『だって、にゃんにゃん先生に言われたから……しまじろう先生も期待してて……』だったそうです。同じ時期に周囲から期待されていたのですね。

 それにしても、ここまでピッタリ一致するとは不思議です。双子の神秘です。第三子まで同じだったら、私たちはその奇跡に跪くことでしょう。ええ、期待しています、第三子の御子様ご誕生を。ノギク様もまだまだお若くてお美しいので、イケると思うのです!

「……マリちんがそんなことを言うようになるなんて……」

 ノギク様はシャンリー様を抱っこしながら哀しげに私を見ました。

 それから、いつの間にやら私の後ろへ回りこみ、器用にもシャンリー様を抱っこされたまま、私の胸を鷲掴みなさいました。

「ノギク様、シャンリー様が落ちそうで危険ですのでお止めください」

 わしわし揉まれながら平然とそう言いますと、ノギク様が溜息をつかれました。

「駄目だよマリちん。もっと恥ずかしがってくれないとさぁ。萌えないし燃えてこないじゃん〜」

「もう慣れましたので」

 嘘です、本当は少し恥ずかしいです。でも私は完璧な女官ですから、鉄壁の微笑みでやり過ごすのです。

 ノギク様はそれが不満らしく、口を尖らせています。いつまで経っても可愛らしいお方です。

 なんて余裕ぶっていたら、爆弾を落とされました。

「ふーん。慣れるほどヴィルヘルムくんに揉まれてるんだぁ、へぇ〜、ほぉ〜」

「っ、そ、そういうわけでは!」

 完璧な微笑みから一転、顔を赤くさせて慌てると、ノギク様が満足そうにニンマリと笑いました。

「私が描いたデザインの下着も活用されてるみたいで良かった良かった」

「だ、だから、そういうわけではっ!」

「あれ、着てないの?」

「いえ、着ています、気に入っています!」

 平然と言いたかったのですが、少し顔を赤くしてしまいました。


 そうなのです。私事ですが、このたび、私、結婚いたしました。

 お相手はヴィルヘルム様です。

 母が持ってくる見合い話や離宮勤めの方々のご推薦の間をすり抜けるようにして、私の心の中にヴィルヘルム様が入り込んできたのです。

 初めは弟のように思っていた彼ですが、私が思っている以上に頼りがいがあって、真面目で、一途で、真摯に私へ想いを伝えてくれる姿に、いつしか心惹かれていました。

 実弟のマリウスが先にアイリス様と縁を結びましたが、私はヴィルヘルム様と、更にゆっくりと想いを育んでいきました。

 その中で、あの夜の女装はギュンター様のお節介だったという話も聞きました。ヴィルヘルム様の態度は周りから見れば分かりやすかったそうで、それなら先輩が一肌脱いでやるよ、と、私と二人きりにさせるために女装させて押し込んだのだそうです。まさか団長まで一枚噛んでいたなんて。騎士の皆様の団結力は素晴らしい、と言っておきますか……。何故か兄面をしたエーリッヒ様が、いい笑顔でヴィルヘルム様をいたぶっていたので、私と騎士様たちで彼に加勢してやり返したのもいい思い出です。


 色々と思い出して少し顔を緩めたら、ノギク様は嬉しそうに微笑まれました。

「愛されてるんだねぇ」

 邪気の無い笑顔に、私も照れ気味に微笑みました。

「はい」

「うんうん、良かったねぇ。でも喧嘩とか浮気とか、マリちんが困ることになったら私が怒ってあげるから、ちゃんと言うんだよ。シンくんに言って叩きのめしてもらうからね」

「ふふふ、リィシン様に叩きのめされたら二度と浮気しようなんて思わないでしょうね」

「効果覿面だよ! だからそのときは相談してね。ヴィルヘルムくんが浮気するとは思わないけど」

「私もそう思います」

 真面目で一途な旦那様ですからね。

 ノギク様と二人で、あまり表情筋が動かないヴィルヘルム様を想像し、くすくすと笑い合いました。




 少し悪戯好きで、破廉恥で、困ったところもある私のご主人様ですが、ノギク様は家臣の私たちにまで気を使ってくださる優しいお方です。

 ですから、結婚しても、子供が生まれても、ジュリア先輩やカサンドラ先輩、侍女さんたちのように、生涯、我が主として仕えていこうと思っています。

 もうすっかりお兄様の顔になったシオン様や、まだまだ愛らしいシャンリー様。そしてまだ見ぬもう一人、いえ、もう二人でも三人でも、私が誠心誠意、心を込めてお世話させていただきたく思います。

「もー、マリちんたら。いくら私でもそんなに頑張れないからね?」

 でも、マリちんの子どもと『乳兄弟』っていうのもいいかなぁ、なんてノギク様は呟かれました。ええ、ええ、お任せください! その折には我が子にも御子様にお仕えするべく育てますから!


 なんて、明るい未来の話に花を咲かせつつ。

 今日もノギク様の周りは賑やかに、穏やかに過ぎていくのです。


 

 





* * *




 


 一応、これで完結となります。

 お読みいただきありがとうございました。











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