よみもの



12.秋の収穫にはまだ早い




 謎のお見合い攻撃をなんとかかわしつつ、日常は過ぎていきます。

 早朝稽古にはヴィルヘルム様も加わり、その剣技を披露していただきました。驚いたことにあのエーリッヒ様と剣を合わせて一歩も引けを取らないのです。その流麗な剣さばきに、見学していた私や他の騎士様たちからも感嘆の声が漏れました。

「凄いです。さすが近衛の期待の星ですね」

 そう言いながらヴィルヘルム様にタオルを差し出しました。

「ありがとうございます。ですが、最後の最後でやられてしまいました。さすがはエーリッヒ殿。次こそ一本取れるように精進します」

 微笑む、まではいかないものの、清々しい表情をされています。ヴィルヘルム様はいつも真面目で前向きな方ですね。

 この世界の男子は勇者様の武勇伝に憧れ、幼い頃から何かしらの武芸を身に着ける者が多いのです。それでも、この年でここまでの強さを見せる者は稀でしょう。学校を出たての新人とは思えない技量は、真面目に研鑽を積んできた証でしょうね。そんな彼に対し、敬愛の気持ちが沸々を湧き上がってきて、知らず満面の笑みを浮かべてしまいます。

 そんな私を見て少し戸惑っておられる様子のヴィルヘルム様に頭を下げると、今度はエーリッヒ様にタオルを差し出しました。

「久々に好敵手に出会いました。おかげで良い汗をかけましたよ」

 エーリッヒ様もヴィルヘルム様との稽古に満足なご様子です。

 金髪碧眼の美青年が汗を流す姿も絵になりますね。中身を知っているおかげかちっとも胸が高揚しませんけれども。でも本来は文官にあたる侍官の身でありながら、騎士様と対等以上に渡り合うエーリッヒ様の腕は本物です。尊敬していますよ、ええ。

「お疲れ様です。エーリッヒ様の剣もお見事でした」

「殿下にはまだまだ及びませんけれどね」

 そうですね。でもエーリッヒ様が敵わないのはリィシン様くらいだと思いますよ。

「マリオン、タオルをありがとうございます。礼と言ってはなんですが、これをどうぞ。いつも差し入れをしてくれる貴女への感謝の気持ちを込めました」

 爽やかな笑顔で渡されたのは、かわいらしいリボンに包まれた小さな袋でした。

「まあ、なんでしょう」

 なんでもない笑顔で訊いてみますが、この大きさには心当たりがありすぎます。

「身に着けていると危険から貴女を護ってくれる、強力なお守りですよ」

「……食べちゃうんですね」

「食べちゃいますね」

 やっぱり。

「ありがとうございます。でもいりませんわ」

「かわいい妹分を心配する私の気持ちを察して欲しいのだけどね」

「お気持ちは大変有り難く頂戴いたします。でも自分の身くらい自分で守ります。ノギク様のことも、必ず」

「何か不測の事態が起きてからは遅い。……マリオン、頼むからこれを私だと思って持っていてくれませんか」

「これをエーリッヒ様だと。お、恐ろし過ぎます」

「何故?」

「エーリッヒ様の鬼畜さが似すぎていますから。私の手には余ります」

「ハハハ、いつもながら手厳しいですね、私の妹は」

「エーリッヒ様の妹君はカサンドラ様とアイリス様ですよ。私はただの後輩です。ですからこのような気遣いはご遠慮いたします」

「遠慮などしなくていいのですよ。私と君の仲じゃありませんか」

「どんな仲ですか。止めて下さい」

 私の言い合いを見ていた騎士様たちが「また始まった」とか「いつも仲良しねぇ」とか言って笑っています。

 やめてください。仲良し……であるかもしれませんが、決してからかわれるような関係ではありません。

 そう思いながら振り返ると、ニヤニヤと笑う騎士様たちと、それに挟まれるように立つヴィルヘルム様がいました。彼はいつもの無表情を少しだけ歪めています。騒がしいのが不快でしたでしょうか。私と目が合うとペコリと頭を下げ、踵を返して歩いていってしまいました。

 その後姿を眺め、エーリッヒ様はふっと笑みを漏らしました。

「我が妹は人気者だ」

「はい?」

 首を傾げたら、頭を撫でられました。

「いいかい。何か言ってくる輩がいたら、すぐ私に報告なさい。貴女の兄として決闘くらい受けて立ちますからね」

「私はエーリッヒ様の妹ではありません。……何故決闘になるのですか?」

「うんうん、いいから。ね?」

「はあ……?」

 何を言っているのか意味が分かりません。周りを見たら、騎士のお姉様たちがヤレヤレと肩を竦め、お兄様たちも生暖かい目で私を見ています。

 一体何なんですかー!





 現状を理解出来ない私は、カサンドラ先輩とジュリア先輩にポツリと愚痴を零してしまいました。するとお二人は顔を見合わせて、騎士様同様、苦笑しながら肩を竦めました。

「貴女、何も分かってないのねぇ」

「その純朴さがマリオンの良いところですけれどね」

「お二人とも何かご存知なのですか?」

 そう言ったら、ジュリア先輩がわざとらしく溜息をつきました。

「ハア〜。マリオン、貴女、最近縁談のお話がいくつも来ているでしょう?」

「はい。実家にも話が来ているようで、母から見合い話がひっきりなしにきて迷惑しています」

「それは大変ね。まあ、ご実家の話は置いといて。みんな貴女が成人するまで待っていたのよ。フューラー商会の娘であり、名門皇立ヴェザルディ学園を主席で卒業した優秀な生徒。ユグドラシェルとグリフィノーの血を引く皇子の妃付き女官。その上見た目も癒し系の器量良し、浮いた噂もなく婚約者なし。こんな優良物件、放っておけというの?」

 ジュリア先輩が人差し指を私に付きつけながらそう言います。

「え、ええっ、まさか、私、そんな」

「ジュリア様の言うこと、どこか間違っていたかしら?」

 カサンドラ先輩がふふふ、と笑います。ああ、ご結婚が決まってからますます光輝く美しさのカサンドラ先輩が微笑むと眩しいくらいです。さすがエーリッヒ様の妹君。

 カサンドラ先輩の微笑みに目を眩ませながらも、私は首を横に振りました。間違っていません。器量良しかどうかは自分では何とも言えませんが。

「だから、貴女は結婚適齢期の殿方やそのご家族に大人気なのですよ。中には家を通さずに直接言い寄ってくる良識のない方もいらっしゃるでしょうから、十分に気をつけるのですよ。そうそう、貴女、お兄様から護身用の武器を頂いたのではなくて? お兄様が『絶対に身を守れる武器を用意したから安心しておきなさい』と言っていましたわ。それを肌身離さず持っていなさい。この離宮の職員に不埒な輩はいないと信じていますが、念のためです」

「は、はあ……」

 エーリッヒ様のあの種は、そういう意味でのお守りだったのですか……。いえ、確かに貞操を守るためとはおっしゃられていましたが、状況を理解して、ようやくその真意が伝わってきました。

 ということは、決闘って……私に交際を申し込んできた方に、『マリオンを手に入れたくば俺の屍を乗り越えてゆけ!』と宣言されるおつもりでしょうか。何故そこまで。

「だって私たち、本当の家族になるかもしれないじゃないの。だからお兄様も貴女のことを本当の妹と思っているのよ。もちろん、私もよ」

 確かに。アイリス様とマリウスがこのままいけば、家族、親戚のお付き合いをすることになりますが……。まさかエーリッヒ様、その意味も込めての『妹』発言なのですか。

「だからマリオンもきちんとお兄様の言うことを聞かなくてはなりませんよ。お兄様の言うことを守っていれば間違いはないのです。私がディルク様と婚約したのだってお兄様の助言あってのことだもの」

「そ、そうなのですか……」

 幸せになろうとしているカサンドラ先輩にとっては、エーリッヒ様は良きお兄様なのでしょうね。だとしても、あの種を使うのは躊躇します。思い出すだけで意識が宇宙の彼方へと吹っ飛びそうですよ。

 どうか使う機会などきませんように。

 いつの間にか女官服のドレスのポケットに入れられていたかわいらしい袋に、そう願いを込めずにはいられません。





 本日は夜勤です。

 夕方から軽く睡眠を取った後、ジュリア先輩や侍女さんたちと引継ぎを行い、ノギク様の寝室──まあ、こちらはリィシン様の寝室でもありますが。ノギク様の部屋とは反対側にリィシン様の部屋が繋がっていて、寝室はお二人の共有スペースになっているのです──の隣。居室で待機します。

 部屋の隅に置いた真鍮のランプの灯りだけの薄暗い部屋で座っていると、控えの間側のドアがノックされました。もう一人の夜勤担当である騎士様がいらっしゃったようです。

 扉を開けると、筋肉隆々のギュンター様が朗らかに笑みを浮かべて立っていました。

「あれ、今日はギュンター様ですか?」

 私の当番のときはいつも女性の騎士様と一緒のはずでしたが。

「ああ、それがな、リリアンヌの調子が急に悪くなっちまったから、急遽コイツを連れて来たんだ。急な話で悪いが、隊長の許可は貰ってるから。念のためにインカムで隊長と話してくれ」

「分かりました」

 私は右耳に嵌めているインカムで離宮に勤めている近衛騎士団第七部隊の隊長さんに確認を取りました。ギュンター様のことは信用していますが、万が一ということがありますから、連絡と確認は必須です。

 インカムでの会話は宿直室に詰めている騎士様が必ずチェックしていますので、誤魔化しは出来ません。

 部隊長と会話をしながら、ギュンター様の後ろに控えている少女を見ました。

 肩上の長さの金髪が印象的な、背の高い少女です。少女といえと騎士、結構逞しい体つきですね。

「確認が取れましたので中へどうぞ。ええと……」

「ほれ、挨拶しろビビアン」

 ギュンター様は振り返り、ビビアンと呼んだ少女の背中をぐいと押しました。おや、女性には優しいギュンター様らしくない、少し乱暴な扱いですね。

 少女は青い瞳をチラリと上げ、それからまた伏し目がちになりました。

「ビビアン、と申します。よろしくおねがいいたします……」

 おや、こちらも騎士様らしくない、覇気のない声です。

「はい、よろしくお願いします。……随分とお若い方ですね。まさかまた?」

「ああ、期待の新人ってとこだ。じゃあマリオンのお嬢ちゃん、コイツの指導、頼んだぜ。俺は廊下で立ってるからよ」

「分かりました」

 私はビビアン様を中に入れると、扉を閉めました。

「ビビアン様は寝ずの番の経験はおありですか?」

 ビビアン様はこくりと頷きました。

「では説明は無くとも大丈夫ですね。あ、でも何か質問などございましたら……」

 ビビアン様は首を横に振りました。

「……そうですか。夜は長いですから、こちらに座っていましょう」

 ビビアン様は首を横に振りました。

「騎士様は一晩中立たれるのが基本ですが、このお部屋の中では多少は目を瞑っていただけますよ」

 ビビアン様は首を横に振りました。

「……そうですか」

 私はひとつ溜息を落とし、ビビアン様と同じように、壁を背にして立ちました。

 そのまま沈黙が続きます。

 窓の外に目をやると、カーテンを引いていない窓から、外灯にぼんやりと浮かぶ離宮の様子が見えました。今日は新月なので、いつもより暗い夜です。月の代わりに輝く星の海の中に、軌道エレベーターの細い光と、その先にある星際宇宙ステーションの明かりがぼんやりと見えています。

「宇宙の中での生活とは、どんなものでしょうね……」

 小さな呟きに、返答はありませんでした。

 私は顔を前に戻し、にっこりと微笑みます。

「ビビアン様、緊張していらっしゃるの?」

 ビビアン様は直立不動の姿勢で、こくりと頷きました。

「その状態では朝まで持ちませんよ。お茶を淹れますから、少し力を抜いてください」

「……ご配慮、痛み入ります。ですが、心配は無用です。どうか、お、わた、私のことは気になさらないでください……」

 今にも消えそうな小さな声です。

 寝室の隣とはいえ、防音が施されていますからこちらの声は聴こえないので、そんなに小さな声で話す必要はないのですけれどね。

 私は笑いたいのを堪えながら、ティーポットの中に水を入れ、魔力を流しました。これには魔法陣が組み込まれているので、魔力を流せばお湯が沸くようになっています。神殿に認可された数少ない魔道具のひとつです。

 沸いたお湯でお茶を淹れると、ビビアン様にカップを差し出しました。

「私も頂きますので、少し休憩にしましょう」

 ビビアン様は差し出したティーカップと私の顔を交互に見て、それからコクリと頷きました。私も笑みを深めて、ティーカップを手渡します。

 それから私もカップを持ち、一口口に含みます。ノギク様お気に入りの、甘い香りのするハーブティです。

「香りのあるお茶は大丈夫でしたか?」

「……はい。甘いものは、すきなので」

「それは良かったです。では後でクッキーを出しますね。先日ノギク様と一緒に街で買ってきたものがあるのですよ」

「……お二人で行かれたのですか?」

「お忍びですから、あまり大人数で行くと目立ってしまいますので。……ああ、大丈夫ですよ。隠密の護衛が密かについていますから」

 ビビアン様の青い目が心配そうに細められたので、慌ててそう付け足しました。リィシン様が、自分がいないときに何かあってはいけないと、私たちの他にも結構な人数の護衛をつけているのです。ノギク様に窮屈な思いをさせたくないので秘密らしいですけれどね。

「……それなら、良かったです。いかに安全な西区でも、女性の二人歩きは危険ですから。……何かある前に、こちらにお声かけください」

「ビビアン様に? ふふ、貴女のようなかわいらしい方についてきてもらったら、狙われる確率が上がるかもしれませんよ?」

 ふふ、と冗談交じりにそう言ったら、ビビアン様のお顔がさっと赤くなりました。

「そんっ! わ、私などより! マリオン殿の方がかわいらしくて心配です!」

 今まで消え入りそうな声で話していらしたのに、急に大声を出されたので驚きました。

 目を丸くしていると、ビビアン様もはっと我に返ったようです。

「も、申し訳ありません……!」

 顔を伏せ、それはもう、聞き取れないくらいに小さな声でそう言うビビアン様。

「いえ、大丈夫ですよ、ヴィルヘルム様……」

 笑いを堪えながらそう言って。

 はた、と気づきました。

「あ」

 しまった、と思わず口元に手をやると、ビビアン様も青い目を丸くした後、みるみる顔を赤くして口元を手で覆いました。

「きっ……気づいて、いらっしゃったのですか……!」

 薄暗い闇の中でも分かるくらいの赤さです。今にも頭が爆発しそうな動揺ぶりに、ずっと気づかないフリをしていれば良かったと反省です。

「ええ、まあ……」

「いつからっ……」

「……最初から? いえ、最初はいつもの凛々しいお顔とはまったく違って、凄く綺麗でかわいらしいお嬢さんだと思っていましたよ? でも言葉をかわしているうちに……ああ、この気配はヴィルヘルム様だな、と」

 まあ、良く見れば男性だと分かる体格ですので、気づかない方が無理だと思いますが。声も女性にしては低めでしたし。

 そう言うと、ビビアン様改めヴィルヘルム様は膝から崩れ落ちて両手を絨毯に付きました。何やらブツブツ言いながら悶絶しています。

「すみません、やはり気づいてはいけませんでしたか?」

「えっ?」

「ギュンター様や他の騎士様たちに罰ゲームをさせられているのでしょう? でなければ貴方のような真面目な方がこんな真似をなさるはずありませんし」

「あ、いえ、そう、なんですが……」

「だとすれば、罰ゲームは失敗で更に何か罰が待っているとか……?」

「……いえ、そのようなことはありません。そもそも、気づかれた時点でこれ以上はない罰を受けていますので」

「申し訳ありません」

 苦笑しながら言うと、ヴィルヘルム様は項垂れたまま首を振りました。そして金髪のカツラを取り、現れたいつもの短い黒髪をわしわしと掻き毟りました。お化粧もされているようですので、おしぼりを用意して差し出すと、力いっぱい顔を拭き始めました。

「あ、そんなに強くしては肌を痛めますよ」

 膝をついて乱暴に顔を拭くヴィルヘルム様の手を掴んで止めます。青い目を見開く彼の顔は、みるみる赤く染まっていきます。

「ほら、赤くなってしまっています」

「あ、いや、これは」

「きちんと石鹸を使って優しく洗い流さないと。私のものをお貸ししましょうか」

「い、いえっ、こんなものは水洗いで十分です!」

「でも本当に真っ赤ですね。侍医様から塗り薬をいただいてきましょうか?」

「大丈夫ですからお気になさらず!」

 ヴィルヘルム様はジリジリと後退りをしていき、ドン、とキャビネットにぶつかりました。あまりにも勢い良くぶつかったので扉が開いてしまい、中に入っていたティーセットがポロリと落ちてきました。

「はっ!」

 落ちてきたのはノギク様の母上様が贈ってくださった、かわいらしい花模様のカップです。ノギク様のお気に入りです!

「とう!」

 私は手を伸ばし、それを受け止めました。もうひとつ転がってきたので、反対側の手でそれも受け止めます。あ、危ない、危ない。

 けれどもほっと息つく間もなく、今度は私がバランスを崩しました。

「ああっ!?」
 
 でもこのカップを手放すわけにはいきません。私は両手を上に挙げながら、そのまま前のめりに倒れました。そう、ヴィルヘルム様のお顔目掛けてです。私の分厚い脂肪で端正なお顔を潰してしまいました。

「す、すみませんすみませんすみません」

 私は両手が塞がっていますし、ヴィルヘルム様もどうしたら良いのか分からないといった風に両手をワタワタさせています。

 しばらくしてからようやく体勢を戻し、カップをキャビネットに戻してから私は平伏して謝りました。けれどもヴィルヘルム様はそれ以上に低頭して謝ってきます。いえ、貴方様が謝ることはないのですよ。すべては私の不徳の致すところです。



 互いに真っ赤になって謝り通していた私たちは、やがて口を閉じ、絨毯の上で小さくなって座り込んでいました。そうして長い時が過ぎてから、ふと、ヴィルヘルム様が口を開きました。

「……このような時にお聞きすることではないのですが、ひとつ、お尋ねしたいことがあります」

「はい」

 質問があるとのことなので、私は座りつつも背筋を伸ばしました。同じように背筋を伸ばしているヴィルヘルム様と目が合います。

 彼は私の目をしっかり見つめながら、真剣な面持ちでこう訊ねてきました。

「マリオン殿は、どなたか心に決めた方がいるのでしょうか」

 予想外の質問に、私は少しの間目を瞬かせていました。

 それをどう取ったのか分かりませんが、彼は少し哀しげに目を伏せました。

「その……もしかして、エーリッヒ殿、とか……」

「はあ?」

 思わず失礼な声を上げてしまいました。だって『心に決めた方』候補にエーリッヒ様の名前を出されたものですから。

「マリオン殿とはとても仲が良いように見受けられますので……騎士の間でも、そのような噂が立っていますし」

 何ですかその迷惑な噂は。

「いえいえいえいえ、ありません、エーリッヒ様だけは絶対に!」

「そ、そうなのですか。では、他に誰か……」

「いえ、まったく、誰も、おりません」

「……そう、ですか」

 あまり表情の崩れることの無いヴィルヘルム様のお顔が、ふわりと、柔らかくなりました。おや、そんなお顔も出来るのですね……。少しだけ胸の奥が揺れましたよ。

「……それが、どうかしましたか?」

「いえ、それが訊けただけで良いのです」

「……そうですか?」

「はい」

 
 それ以降、私たちに会話はありませんでした。

 けれども何故か、満足そうなお顔のヴィルヘルム様がいました。








prev next
bkm


Index







×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -