よみもの



9.御子様ご誕生です




 ノギク様が御子様を出産されるまで、私たちは忙しい日々を送りました。……そう、刺客の数が物凄く増えたのです。

 グリフィノー家を狙う者たちは、大きく分けて三つあります。

 その筆頭は勇者様を恨む魔族たち。

 現在は講和条約のおかげで表立って攻めてくることはないのですが、それでも勇者様とその一族を狙う手は後を絶ちません。

 それでも、今も魔族たちと対話するために世界中を旅して歩いている勇者様と皇女様を慕う魔族が増えてきているのも事実です。勇者がいるのなら、と争いを止めてくれた一族もあります。直に味方についているシルヴィ様やクー様の存在も大きいようですね。勇者様を狙う者を諌めてくれる魔族も増えているようです。

 ただ、魔族との共存を受け入れられない人族もいます。

 残念ながら、その方々の襲撃も少なからずあるのです……。


 ふたつめは魔族との抗争に終止符を打った勇者様を亡き者にし、再び戦を起こそうと企む者たち。『死の商人』と呼ばれる方々ですね。
 確かに魔族との抗争がなくなってから、武器商人を始め、様々な職種の人々が職を失ったと聞きます。それでも宰相様を始めとする各国首脳会議により、新たな産業創出案がいくつも出され、不労者の数は年々減ってきています。この勢力は年々落ち着いてきています。


 みっつめ、これが現在、御子様を狙う不埒な輩なのですが。

 ユグドラシェル王朝の存続に異を唱える者たちです。

 この星の民にとって、ユグドラシェル皇家は『神の威を代る者』。精霊王に認められた尊き血筋なのですが、同じ『人』である皇家を神と認めない異教徒がいるのです。

 異教徒はグリフィノーだけでなく、皇家とその一族すべてを狙っています。信仰の対象が違うことを、惑星王は咎めたりなさいません。その意思も広く民に知られています。なのに実質星の支配者である皇家を赦さないと襲撃してくるのです。彼らには皇家の皆様のおかげで他星と対等に渡り合えているこの現状が見えないのでしょうか。

 私たちはその異教徒が送り込んでくる刺客を片っ端から排除しました。

 うまく離宮に入り込めないことに業を煮やしたのか、3月に入ったある日、魔族と手を組んで大軍を率いてきました。

 このままでは離宮だけでなく市井にも被害が出てしまう。

 そう懸念されましたが、大丈夫でした。

 もしもの場合に備えて旅も公務も控えていたリディアーナ様が、広域に渡って光の防御膜を張ってくださったのです。闇夜を照らす白い光は、柔らかな曲線を描く大きな大きな花弁となり、幾重にも重なって西の街をすっぽりと覆い尽くしました。魔の手から護るその花を見た瞬間、年嵩の者たちが「これは魔王戦のときに見た姫様の花だ!」と叫び、一斉に頭を垂れました。な、なんと、御伽噺にもなっている皇女様の『白花の護り』をこの目で見る日が来ようとは。感無量です。

 そしてフェイレイ様自らが出陣し、『白花の護り』を破ろうとしてくる魔族、及び人族と戦いました。おかげでリィシン様はずっとノギク様のお傍にいることが出来ました。


 ずっと平常心を貫いてきたように見えたノギク様ですが、この半年で知らず心労を重ねておられたのでしょう。戦いが収まったかに見えた朝方、急に破水なされました。

 情けないことに、私はその場にいたにも関わらず、すぐに動くことが出来ませんでした。

 ですが、出産経験のあるジュリア先輩を始め、侍女の皆さんの行動は早かったです。

「ノギク様、身を起こしてはいけません。リィシン様、ノギク様をすぐにベッドへ。ミーシャは侍医殿を呼んで、ハンナはリディアーナ様にご連絡して、後の者はシーツとタオルの準備、急いで!」

「はいっ!」

 ジュリア先輩の声に皆さん散って行きます。

「マリオン、そちらの部屋に出産セットを纏めて置いてあるから持ってきて」

「はいっ!」

 指示を受け、私は大急ぎで隣室へ向かいます。

 隣室のソファ横に置かれていた黄色のチェック柄の大きなバッグは、ノギク様の母上様が用意してくださった出産セットが入っています。それを手にノギク様のところへ向かえば、もう侍医様とリディアーナ様がお着きになられていました。休憩に入っていたカサンドラ先輩も戻ってきています。

 皆が慌しくしている中、侍医様の診察が終わったようです。

「破水で一気に進んだようですね。あと一時間もしないうちにお生まれになりますよ」

「一時間!?」

 優しいおばあちゃん風の侍医様の言葉に、リィシン様が驚きの声を上げます。初産ですと陣痛が来てから半日くらいかかるのが基本だそうですが、破水してから陣痛が来たノギク様は、まだ三十分ほどしか経っていないのです。

「じゃあ、安産になるってこと?」

「ええ、ですが早いから良いというものではないのです。あんまり早く進むと出血が多くなります。それに、以前にもお話しましたが、ノギク様は骨盤が狭くていらっしゃる。御子の頭が通らない場合、胎を開くことになりますが、思ったよりも進みが早く準備が追いつかない場合も想定されます」

 リィシン様の顔がサッと青ざめました。

 準備を進めていた私たちも、思わず手を止めて侍医様を振り返ります。

「そのときは、リディアーナ様にお力添えをお願いいたしたく存じます」

「分かりました。野菊……シン、そんな顔をしないの。大丈夫だから」

 リディアーナ様はノギク様の頭をそっと撫でた後、リィシン様に少し咎めるような口調でおっしゃいました。リィシン様はハッとして、小さく何度も頷いてから深く呼吸を繰り返します。

「……大丈夫だ。母さんはリィが心臓止まった時だって何とかした人だから。安心しろ」

 そう言ってぎこちない笑みを浮かべるリィシン様。

「うん、私は大丈夫だよ。シンくんこそ落ち着いてね?」

「分かってるって」

「はあ〜、でも痛い。大丈夫だけどすっごく痛いよ」

 それを聞いたリディアーナ様が、柔らかな水の結界でお部屋を覆ってくださいました。3月はとても乾燥した時期なのですが、この結界の中は程よく湿気のある、清浄な水の魔力に満ちていました。外敵からの攻撃を防ぐだけでなく、中にいる者に癒しを与える空間なのだそうです。

「シンは野菊の手を握ってあげて。野菊、これからもっと酷い痛みがやってくるけど、慌てないで、呼吸を整えて。お腹の子も一緒に頑張っているからね」

 リディアーナ様は慈しみの笑みを浮かべながら、ノギク様の額の汗を拭って差し上げています。

「は、はい、お母様。う、うう〜イタイ、イタイ、凄く痛くなってきたああ」

「野菊、大丈夫かっ! ああ〜くそっ、俺がその痛み変わってやれたらいいのに」

「うう〜……だめだよぉ、男の子なんか、出産の痛みに耐えられないんだから、これはお母さんだから、頑張れるの」

「野菊……」

「でも痛いー、ああーもう、ホント痛いー、これ以上痛くなったら死ぬううう」

「野菊、息を乱しては駄目。シン、痛みがきたら腰を強くさすってあげて」

「う、うん」

 初めての出産を経験する若夫婦に、お姑様が優しくアドバイスをしています。

 そんなあたたかな光景を見ながら、私たちも御子様を受け入れる準備を慌しく進めて行きます。

 ああ、それにしても、こんなにか弱いノギク様が出血多量になったらどうなってしまうのでしょう。とても苦しそうですし、なんとか痛みを和らげてあげることは出来ないのですか。

「痛みがなければ出せないのよ」

 二度の出産経験があるジュリア先輩が、落ち着いた様子で鋏や針などの器具を並べていきます。……何に使うのですか?

「切るのよ」

「どこをですか?」

「出口を。頭が出る前に切らないと、破けちゃって縫うのが大変だし、治りも遅くなってしまうの」

 ひいっ、と私は出そうになった悲鳴を慌てて両手を口に当てて抑えました。こ、怖い、痛い、怖い! そんな思いをノギク様に!

「大丈夫、母になる人なら耐えられるわ。てか、出てくる痛みの方が強くて切られたって全然痛くないから大丈夫よ。縫われても気づかないくらい麻痺しちゃうし」

 私、絶句しました。お産の痛みって、切られる痛みも縫われる痛みも霞むほどに痛いのですか!

「お、お母さんはみんなそんな痛い思いをするのですか」

「そうね。貴女もいずれ経験することなのだから、ちゃんと見ておきなさい」

「は、はい……」

 出産怖い。 

 で、でも。

 私の母も、この痛みを乗り越えて私を産んでくれたのでしょうか。あんな自分勝手な母ですけれど。ノギク様のように、頑張ってくれたのでしょうか。


 そんな風に感慨に耽る間も無く、手術のための器具が次々と運ばれてきました。万が一のために、応援に駆けつけてきたお医者様が数人で待機します。

 そのバタバタしている間に、扉からフェイレイ様が顔を出しました。

「野菊! 雛菊と秋帆呼んでくるから、頑張れよ!」

「は、はいぃ、おとーさまぁぁ……」

 痛みと疲労でノギク様の声が弱まっています。

「野菊、頑張れ、もう少しっ……」

 ノギク様の手を握り締めるリィシン様も汗だくになりながら応援しているところへ、何か光が過ぎりました。

「はっ? なんだこの忙しいときに!」

 何事かと注目を集めるリィシン様の胸元が光っています。リィシン様はノギク様と繋いだ手はそのままに、片手で首にかかっている鎖を引き上げました。その先についている銀の指輪が更に眩く光を放つと、そこから白い紙が飛び出してきました。クシャクシャに丸められた紙が。

「え、にゃんにゃん先生から? リィが産気づいたから勇者と勇者嫁急いで来い。……は?」

「えっ」

「え?」

「ええっ!?」

 リィシン様の読み上げた手紙の内容に、ノギク様も、リディアーナ様も、そして私たちも声を上げました。ま、まさかのリィファ様もご出産!

「フェイ! 誰か、フェイにこの内容を伝えて!」

「はいっ!」

 侍女さんがひとり、部屋の外で待機していた騎士様に伝えました。そこからは伝言リレーです。フェイレイ様、まだご出立していないでしょうか。どうかどうか伝言が間に合いますように!

 と、バタバタしているうちに。

「あ、あれ」

 ノギク様がポカンとした顔をしています。

「し、シンくん、シンくん、出た?」

「は?」

「赤ちゃん!」

 全員の視線が構えていた侍医様に向きます。彼女の手には、小さな小さな、赤ちゃんが……!

「うぎゃあああっ、んぎゃああああっ」

 泣き声が部屋中に響き渡りました。 

「元気な男の御子様でございます!」

 侍医様が満面の笑みで赤ちゃんの顔をノギク様とリィシン様に見せます。生まれたばかりとは思えないほどの大きな泣き声に、部屋にいた者全員の顔が綻びました。

「う……うわあああ、良かったぁ、元気だ赤ちゃんっっ!」

「ああ、良く頑張った野菊! ありがとう!!」

「お疲れ様、野菊……」

 号泣される御子様とノギク様。

 そんなお二人を抱きしめるリィシン様。

 あたたかな眼差しで祝福を送るリディアーナ様。

 そして私たちのおめでとうコールが、部屋中に響いていました。




 その後、リディアーナ様もリィファ様の元へ向かわれ、無事に女の子が生まれたと報せが届きました。

 皇子と皇女──正確にはリィファ様の御子様は皇族ではないので、その呼び方は適当ではないのですが、細かいことは良いのです──の同日生誕に、城中が歓喜に沸き立ちました。

 また城を上げてのお祝いですね。















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