よみもの



2.鼻息が荒くても許して欲しい




 古代文明の発掘物の所有権はユグドラシェル皇家にある。

 そのため、惑星王ルドルフ陛下の皇位就任とともに新らしく創設された、五つある皇族家のうちのひとつ、『リザ=ユグドラシェル公家』のご当主様を名誉顧問とし、過去の文明を解き明かす探索チームがいくつか組まれている。
 
 そのうちのひとつが、ウチの父が纏めるチームなのだけれども。

 今回は遺跡の規模の大きさと、想定される罠、魔物の数の多さなどから、その中から特に戦闘能力に秀でた者と、考古学の造詣が深い者が選抜されている。

 新たに発見された遺跡のために選抜チームが編成されるのはこれが初めてではない。大抵、初めての遺跡に潜るときには最強のメンバーが組まれ、危険度を低くするために精霊召喚魔法が使えるリザ殿下が同行するのだ。

 しかし今回はリザ公家のご当主様ではなく、そのご子息が同行することになっている。

 シオン殿下は今年で15歳。

 法律での成人は18歳だけれど、皇都では実質、15歳で大人の仲間入りと言われている。だからそれを踏まえて、公務デビューは留学先の学校が長期休暇に入るこの時期と決められていた。

 私は始めての選抜メンバー入りで、同じく始めてのご公務を務められるシオン殿下のお手伝いをするわけである。父のおかげで遺跡内の探索は慣れているが、殿下の初めてをお手伝いするのだと思うと物凄く緊張する。机の下に隠した拳の中の汗が半端ではない。

 殿下は幼かった私を助けてくれた、私の王子様。

 ……いや、実際に魔物を吹き飛ばして助けてくれたのは、リィシン殿下だったのだけれど。

 でも恐怖に怯えていた私の心を解してくれたのは、シオン殿下のあたたかい笑顔だ。

 その恩義に報いるために気合を入れて勉学に励み、体を鍛えてきた十年間。やっとこの日が来たのだ。しかも、殿下のご公務デビューという晴れの舞台。失敗は許されない。

 だから緊張をしている場合ではない。殿下の『初めて』を応援しないといけないのだから。殿下の『初めて』をね!


 
 選抜メンバーが集められた会議室で、中央に置かれた円卓の端でガチガチに固まっていたら、父と目が合った。

 今回、シオン殿下の補佐を務める我が父、ラクリッツ=ヴァイゼルーク。私と同じ、金髪に琥珀色の目を持つ偉丈夫だ。いつもジョリジョリしている無精髭は、この日ばかりは綺麗に剃られ、深い緑色のローブを羽織っていた。……そうやって小奇麗にしていれば、学者というより騎士みたいなんだけどな。

 なんて思っていると、琥珀色の目が細まり、小さく頷かれた。

 ……緊張しているのがバレているらしい。やたらと顔をニヤつかせ、私を見ながら何度も頷いている。

 大丈夫、大丈夫、落ち着いて、リコならちゃんとできるからね。お父さんもすぐ傍にいるから安心しなさい。

 そんなことを思っているに違いない。

 でも、なんとなく父には頼りたくないのだ。私ももう15歳だからね。一人前と認められて選抜メンバーに選ばれているわけだし。ちゃんと自分の力で功績を残したいのだ。

 けれどもそんな私の気持ちを理解しない父は、笑顔から心配そうな顔になり、今にも席を立って私のところまでやって来そうだった。

 それを避けるためにプイと顔を横に逸らすと、隣に座る線の細い少年が目に入った。碧色の真っ直ぐで綺麗な肩までの髪に、吟遊詩人のような雰囲気の、洗練された美しい横顔の持ち主だ。

 私と同じ年くらいの少年など、メンバーにいただろうか。会議室に入るときに渡された、黄ばんだ紙で作られた資料を捲る。

 参加メンバーのほとんどは父と同じくらいの、年嵩のベテランだ。その名簿の一番下、私の名前のひとつ下に、苗字のない名前のみの人物がいた。『レヴェント』。備考には『風竜』と書いてある。……何?

 私は資料から隣の少年へと目をやった。

 竜……竜、なのか。人みたいな姿をしているけれど、竜なのか。竜ということは、魔族なのか。

 魔族と人は、長い間敵対していた。けれども私が生まれる前に起きた戦争を最後に、二種族間で協力関係を結ぶ条約が締結されている。

 それでも、千年以上争ってきた種族同士が「はい、わかりました」と言ってすぐに仲良く出来るものではないらしく、私たちの上の世代では、その協定をうまく受け入れられない人も多くいる。

 私たちもね、学校では「魔族と共に歩む時代が来たのです」って教えられるけど、上の世代からは「あんまり関わるな」って言われるからね。どうしていいのか分からないし、今まで直接関わる機会もなかった。

 けれど、いる。隣に座っている。両足を机に乗せて、物凄く偉そうに踏ん反り返ってる態度悪いのがいるよ。なんで人の姿なんだ。あ、会議に参加するためか? てか、竜って人型になれるんだ、知らなかったよ。

「……ジロジロ見ないでくれる? 僕は珍獣じゃないんだけど」

 視線だけでそっと様子を伺っていたのに、見ているのに気づかれてしまった。不機嫌そうな碧の瞳がチラリとこちらを見る。

「あ、す、すみません」

 びくっと肩を揺らしながら謝れば、風竜のレヴェントは鼻白んで視線を逸らした。

「お前みたいな小娘がこんなとこにノコノコやってきて。遺跡なんかに潜ったらすぐに死んじゃうんじゃない」

 ぼそりと呟いて、両手を頭の後ろで組む彼に、私はむっとした。

 これでも兵士並みには戦える。遺跡の調査に行くには、『星の癌』と呼ばれる正体不明の魔物と戦わなければならないのだ。学者だからって、頭でっかちじゃないのだ。

 言い返そうとしたのだけれど、その前にレヴェントの隣の男が反応した。

「相変わらず捻じ曲がってますねぇ、レヴェント君。そういうときは『君みたいなきゃわいい子が遺跡に潜るなんて僕心配だよ〜、護ってあげるから後ろに隠れてなよぉ』って言うんだよぉ」

 細面の顔に丸いサングラスをかけた男が、キヒヒ、と変な笑い声をあげながらそう言った。私は手元にある資料を捲る。この変人ぽい人は魔法陣研究者、ノルド博士だ。その道では右に出るものはいない、魔法陣のプロ。今、世間に出回っている魔道具のほとんどはこの人が作り上げたものだ。

 そんな凄い人だけれど、レヴェントは心底鬱陶しそうにノルド博士を見て、鼻を鳴らした。

「歩く公害は黙ってなよ」

「ヒヒヒヒ、怖いなぁ。あんまり睨むとママンに告げ口しちゃうよぉ? レヴェント君がイヂワルするのぉ〜って」

「はあっ?」

「慌ててる、慌ててる、イッヒヒヒヒヒ。レヴェント君はママンが怖いんだもんねぇ。ねえ、お嬢ちゃん、レヴェント君がイヂワルしたら、ママンに告げ口するといいよぉ〜。ママンはね、シルヴィちゃんっていうからねぇ。シオン殿下の叔母様だよぉ」

「え……」

 ノルド博士の言葉に驚く。シオン殿下の叔母様っていうことは、この人!

「し、失礼いたしました、皇族のお方でしたか」

「んなわけないでしょ。馬鹿じゃないの」

 レヴェントに速攻で否定された。

「あれ?」

「大体、皇族に魔族っているわけ? 僕どう見ても人族じゃないんだけどね。君、この辺の鱗見えないの? ああ、見てないのか。目が節穴なんだね。この探索メンバーに入れられてるクセにシオンの叔母が『グリフィノーの竜』だって知らないんだ。勉強しないんだ。メンバーの素性も調べないで公務に参加しようだなんて、やっぱり君、この仕事降りた方がいいんじゃない」

 白い首筋に見える碧色の鱗を指差しながらレヴェントは言った。

 確かに、そこは気付いていなかった。確かに、皇族に魔族がいるわけない。シオン殿下が勇者様の血──グリフィノー家の血も引いてるってことも、一瞬忘れてた。そこは確かに私の落ち度だ。言っていること全部的を射ていて何も反論出来ない。

 でも、他に言い方ってないのかな。なんかムカつく。

「……不勉強ですみません」

 むすっとしながらそう言えば、レヴェントはフン、と鼻を鳴らしたきり黙った。

 でもこれで会話が終わるのは嫌だ。私が何も知らない役立たずみたいで嫌だ。

「ですが、足りないところがあるのであれば、勉強しなおします。これからもご教示よろしくお願いします」

 悔しさを押し殺して頭を下げる。

 何も返答がないのでチラリと視線を上げたら、レヴェントが少し目を丸くして私を見ていた。それから少しだけ気まずそうにそっぽを向きながら「あっそ」とだけ呟いた。その後ろでノルド博士が口元をだらしなく緩めて笑っていた。

「お嬢ちゃん、レヴェント君の嫌味は心配の裏返しだからぁ。まともに受け取らないことだよぉ〜ヒヒヒ」

「煩いよ老害」

「こんなんでも愛情の篭った言葉だからねぇ〜、ボクも愛されてるぅ〜」

 ヒヒヒ、と笑うノルド博士はレヴェントに蹴りを入れられた。……彼に対しての言葉が愛情の裏返しかどうかは良く分からない。けれど、レヴェントの驚いたような顔を見たら、私への言葉は心配の裏返しなのかもしれない、とは思った。むかっとしたけど。

 


 それにしても会議の前に疲れてしまった。早く癒しが欲しい。私の王子様、早く来ないだろうか。

 そう願っていたら、会議室の観音扉が開いて、外にいた近衛騎士が中にいる近衛騎士に耳打ちしていた。その様子を見ていた他の探索メンバーがさっと姿勢を正したので、私もそれに倣った。きっとシオン殿下が到着されたのだ。


「シオン=リザ=ユグドラシェル公子殿下、ご入室!」

 近衛騎士の宣言と同時に扉が大きく開かれた。

 まず入ってきたのは、黒い騎士服姿の近衛騎士だ。短い黒髪に青い目の、三十代半ばくらいの精悍な男性。

 その後ろから、太陽のように暖かな色の髪をした少年が入室してくる。黒い騎士服だけれども、近衛騎士たちとは違い、高襟や袖、服の裾などには金糸で刺繍がされていて、何より羽織っているマントには皇族の証である金の不死鳥に冠の紋様が描かれている。

 私を含めた探索チームメンバーは、全員起立して彼を迎える。

 シオン=リザ=ユグドラシェル公子殿下。リザ公家の跡継ぎであり、このチームのリーダー。そして、私の王子様!

 私の胸ははち切れんばかりに高鳴っていた。

 あれから十年。すっかり大人っぽくなられた。身長も大分伸びて……うん。ここにいる誰よりも、もしかしたら私よりも小さいかもしれないけれど、それでも十分に凛々しい佇まいだ。

 女顔で愛らしいお顔立ちは母君であられるノギク妃殿下に似たのだろうか。でも凛々しい。深い青の瞳はまん丸猫目で、好奇心旺盛な、いかにも勇者様の血を引いてるって感じだ。

 堂々と上座へ歩いていくその姿は、ああ、ホント、カッコイイ。

 ちょっと躓いてしまって、てへっ、とかわいい顔を見せたけど、そんなところもパーフェクト! 素晴らしい!

 長年夢見てきた王子様を目の前にして、多少鼻息が荒くなっているけれども、見逃して欲しい。こちとら十年越しの再会なのだ。

 だから隣の碧色の竜、胡乱な目で私を見ないで欲しい。……おいこら親父、娘をそんな残念そうな目で見るな。私が十年もの長い間、この日を夢見てきたんだって知っているだろう。少しくらい挙動不審になっても見逃せ。

 でもさすがに、王子様には怪しい目を向けて欲しくない。

 私は両手の拳に力を入れて、表情筋に「動くんじゃないぞ」と命令を下した。









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