よみもの



1.王子様に出会った




 考古学者の父を持つ私は、物心つく前から古代文明の遺跡巡りをしていた。

 私を生んですぐに亡くなってしまった母の代わりなのか、父は私を大変溺愛してくれた。それこそ、片時も離すものかと、魔物の出没する危険な迷宮に連れて行くほどに。

「リコ、死ぬときはお父さんと一緒だからな。安心しろ!」

 でっかい剣を振り回し、魔物を斬りつけながら叫ぶ父に、

「うん、リコが死ぬときはおとーさんと一緒だよ、安心してね!」

 幼い私は父に倣い、そう応えていた。低い声で唸りながら襲ってくる黒い獣に怯え、泣きながら。健気だ。まさに理想の娘であろう。

 だがしかし、今ならこう言う。

 冗談じゃない。

 大迷惑だ。

 死ぬなら考古学メンバーのむさ苦しい筋肉達磨の親父どもと一緒に逝ってくれ。あれだけいれば寂しくあるまい。むしろ鬱陶しいほどに賑やかだろう。残念ながら私はまだ死にたくない。まだ古代語の解析が済んでいないし、想定される遺跡の半分も見つかっていないのだ。浪漫溢れる古代文明の全てを解き明かすまで死ねるものか。

 ていうか、いたいけな幼い娘を危険な場所に連れて行くな。絶対に私を一人遺したらかわいそうだからとかじゃないよね。単にお父さんが一人だと寂しいからだよね、そうだよね。

 今ならそう突っ込んであげるのだけれど。

 あの時は本当に、絶体絶命のピンチだった。

 『星の癌』と言われる魔物が徘徊する遺跡を巡るには、学者と言えども軍人並の戦闘力が必要で、父も他の考古学メンバーも、当然筋肉隆々の戦士であった。それなのに、私が恐怖に泣き叫ぶ羽目になったこの遺跡には、予想を遥かに上回る罠が仕掛けてあったのだ。

 そこから無尽蔵に溢れ出てくる魔物たちに、いくつもの難所を潜り抜けてきた百戦錬磨の父たちも追い込まれ、逃げることも出来なくなっていた。

 魔物に襲われ、狭い坑道で次々に倒れていくメンバーたち。

 物心つく前から私と一緒にいてくれた、家族みたいな人たちが。汗臭くて埃臭くて薄汚れたむさ苦しい親父どもだけれど、笑顔だけは素敵な、大好きな人たちが。まだ幼い私を逃がそうと、必死になって護ろうとして、傷ついて。

 私は恐怖に怯えていた。

 しんでしまう。

 しんでしまう。

 みんなしんでしまう。

 みんなが、おとうさんが、そしてわたしも。

 しんでしまう。



 襲い来る黒い獣に、私はきっと叫んでいたのだと思う。

 私たちが信じる唯一神、星に生きるものすべてを生み出した神木ユグドラシェルが、あたたかな太陽の光に包まれて、穏やかな風に葉を揺らしている姿を思い浮かべながら。

 たすけて。

 たすけて、かみさま、と。




 天にも届く大きさの御神木に比べたら、私の願いなど塵にも等しい、小さなものだったろう。

 けれども神は私を、私たちを見捨てなかった。


 辺り一面が真っ白な光に覆われ、あまりの眩しさにぎゅっと目を閉じた。爆発音のような大音響が耳を劈き、それから逃げるように耳を塞ぐ。小さく小さく丸まって、ガタガタと震えていた。

 そんな私の頭に、そっと手が乗せられた。

「もう、だいじょうぶだよ」

 幼い、愛らしい声に顔を上げると、目の前には見知らぬ少年がいた。

 先程の光の残照なのか、地下のはずの坑道内は星を散りばめたように輝いていて、少年の短い髪を柔らかい色に染めていた。

 その色は、まるで太陽。

 私の胸をほのかに暖かくする、小さな太陽だ。

 呆けた顔をしている私を安心させるように、柔らかく微笑んだその笑顔を見て、私は理解した。

 ああ、この人は『かみさま』だ、と。



 そしてそれは間違いではなかった。

 神木ユグドラシェルに選ばれし血族、ユグドラシェル皇家。現在はこの星で唯一、精霊を召喚することの出来る一族。

 太陽の色を持つ少年は、その神の代理人である惑星王の血族の皇子様だったのだ。

 惑星王の直系である皇家の他に五つある家──公家(こうけ)。皇家の分家みたいなものだ──そのうちのひとつ、『リザ=ユグドラシェル公家』の第一公子殿下。


 幼い私は心に決めた。

 私を救ってくれたリザ公子殿下に生涯の忠誠を誓おうと。彼の役に立てる人間になろうと。

 この時に、決めたのだ。





 

 それから十年後。

 私は並ならぬ努力をして、ここにいる。

 父が所属している、皇立古代遺跡研究所の研修生として。そして、今回新たに発見された遺跡の調査メンバーとして。

 総責任者であり、考古学メンバーのリーダーとなる公子殿下をお迎えする。

 
「シオン=リザ=ユグドラシェル公子殿下、ご入室!」


 近衛騎士の高らかに宣言する声とともに、会議室の両開きのドアが、開かれる。









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