そのいち ― 13日。


「向井くん、あのこれ……」

差し出されたのはラッピングされた長方形の箱。
今日が2月13日で金曜ってこと考えると中身がなんなのかなんて考えなくてもわかる。

「ごめん。俺付き合ってる人いるんだよね。その人のことマジで好きだから受け取れない」

こうして謝るのも何回目だろ。
毎年バレンタインにはもらえるだけもらってたけど今年は受け取らない。
だって俺には付き合って二ヶ月目の大好きな優斗さんがいるんだし!
名前は知ってるくらいの別クラスの女の子は半泣きになりながらチョコ持って去っていった。
可哀想だけど貰ってたらキリねぇし。欲しいともおもわねぇし。
放課後の廊下から教室に戻る。
和はもう帰ってるだろうなぁ。あいつ薄情だし。
ホームルーム終わった直後に呼び出されたから鞄もそのままだった。
教室の中に入ると俺の机のまわりに女子が三人。

「いっぱい作ろうねー!」
「チョコフォンデュもしたいね」
「トリュフ上手くできるといいなぁ」

俺のファンの子たち―――なんかじゃない、仲がいい友達の実優ちゃんに羽純ちゃん、そして七香だった。
三人は俺に気づくと「待ってたよ」「帰ろう〜」と笑いかけてくる。
満面の笑みを浮かべてる三人になんとなく顔が引きつる。

「どうかした? 遊び行く?」

鞄を取らなきゃだし机に近づくと三人は口々に言ってくる。

「違うよ〜! 捺くん、明日バレンタインだよ?」
「そうそう、バレンタインだよ、捺!」
「優斗さんにはもう用意した?」

実優ちゃん、七香、羽純ちゃんが俺に詰め寄ってきて、その勢いに後退りしてしまう。

「バレンタインって、俺男だけど……」
「なに言ってんのよ、捺!」

バン、と七香が傍の机を叩いた。

「あんたが渡さないで誰が渡すのよ!!」
「そうだよ、捺くん。優斗さんきっとチョコたくさんもらってくるよ? 捺くんと違って優斗さんは会社の付き合いがあるんだからチョコを受け取らないなんてできないだろうし」
「うん、本当にゆーにーちゃんたくさんチョコもらってくるよ? 義理だよなんて言うけどどう見ても本命っぽいのばっかりだもん!」

あー確かに優斗さんってガチな本命チョコもらってきそう。
俺はわりと義理も多かったりする。
羽純ちゃんの言うとおりに会社でチョコ渡されて義理だって言われれば断れねぇよなぁ。
仕方ない、ってのはわかってるし。そんなんでいちいち俺もヤキモチやいたりしねぇもん。
ってことを言ったら、三人はダメダメ!っと鼻息荒く詰め寄ってくる。

「捺くんは本妻なんだから、ちゃんと渡さなきゃ」
「そうだよ! ゆーにーちゃんの大本命は捺くんなんだからね? ゆーにーちゃん捺くんからチョコもらうの楽しみにしてるよ!」
「そうそう。男同士だからって関係ない! バレンタインは愛の告白の日なんだから!」

すっげー剣幕の三人に軽く引きながらも、ちょっとづつチョコ渡そうかなって気になってきた。
俺だって―――そうだ、俺だって優斗さんにチョコあげたい!

「わかった。じゃあ帰りにチョコ買っ……」
「よし! 決定! それじゃあいまから実優の家でチョコ作りね〜」
「きゃー! 楽しみ!」
「材料はもう揃えてるから安心してね」
「え、手づくり?」
「「「もちろん!」」」

口を揃える三人に俺は引きずられるようにして実優ちゃんち、もとい松原のマンションへと向かったのだった。



そして―――。

「あー……疲れた」

時計の針は午後9時。
放課後実優ちゃんちでチョコ作って、んで片付けが終わった頃松原が帰ってきて夕食御馳走になって家まで送ってもらった。
実優ちゃんたちの女子パワーの中でのチョコ作りは妙に疲れた。
料理なんて家庭科実習でしかしたことないレベルの俺に、実優ちゃんは優しかったけど七香と羽純ちゃんはすっげぇスパルタだった。
洋酒のきいたトリュフと、ふつうのトリュフに、あとはホワイトチョコのナッツ入りのトリュフ……。
丸めるのも大変だったし、とりあえず悪戦苦闘。
ベッドに倒れ込んだ俺の手元には小さめの紙袋。その中には作ったトリュフが入った箱。
三人にごちゃごちゃ言われながらもなんとか形になったトリュフが入ってる。
味はまぁまぁだと思う。
味見したし、半分以上手伝ってもらったし。

「……チョコかぁ。優斗さん喜んでくれるかなぁ」

まさかまさか俺がバレンタインにチョコを渡す立場になるなんて思ってもみなかった。
女の子ってバレンタインのときってこんな気分だったんだなぁって初めて知った。
緊張と不安と、あとすっげードキドキしてワクワク。
紙袋に手を伸ばして意味なく触ってみる。
きっと喜んでくれるよなぁ、って馬鹿みたいに顔がにやけてしまってたらちょうど携帯が鳴りだした。

「もしもし!」
「こんばんは、捺くん」

電話は優斗さんからでいま仕事が終わったっていうのと、明日の予定のことを話す。
明日は映画デートして夜は優斗さんちにお泊りだ。

「映画楽しみだね」
「うん! あの映画すっげー見たかったからまじで楽しみ」

SFものの映画を見にいくことになっている。
それからしばらく他愛のないこと喋って、待ち合わせ時間の確認をして、「おやすみ」って電話を切った。
優斗さんの優しくて穏やかな声が耳に残ったまま俺はそのままうとうとしていつのまにか寝てしまったのだった。

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