06
運転大丈夫かなというくらいに笑っている智紀さんを横目に見ながら、どんどん俺の家が遠のいていくことに不安が増す。
「……あの」
「ちーくん」
俺が言いかけ、智紀さんも俺を呼び、車は停まった。
見れば赤信号だった。
「俺、ちーくんと初日の出と初詣行きたい。ダメ?」
ハンドルにもたれかかり俺を見つめるこの人は俺より7歳上の大人で。
なのに、甘えるようにそんなことを言ってくる。
なのに、その目は逸らしたくなるくらいの艶を纏っている。
「……京都はちょっと……。帰り遅くなるし」
バカみたいな返答だ。
22にもなる男の言うことじゃない。
「家族にも言ってないので」
だけどそれくらいしか言い訳が見つからない。
「ご家族には朝にでも電話して言えばいいんじゃない? 大学四年生のちーくんが友達とでかけてーって言えば平気でしょ。ちーくん男の子だし」
「……」
確かにそうだ。
男の俺が急に出掛けたって、泊りになったって別に家族はさほど気にしないだろう。
「……」
「そんなに俺と行くのいや?」
「……そんなことは……」
目を合わせれずに視線を逸らす。
「じゃあ、行こうよ。京都でお正月ってなんか雰囲気ある感じしない?」
「……なんですかそれ」
「どうしても嫌なら、助手席のドア開けな?」
「は?」
「いまなら帰してあげる」
「……」
「開けたからってここで降りろなんて言わないし、心配しなくても家まで送ってあげるよ」
「……」
「だから決めなよ。信号が青になるまでのあいだに、ね」
横断歩道の信号はまだ青。
だけどそろそろ点滅するだろう。
智紀さんの言葉を反芻するうちに信号は点滅を始める。
「どうする? 千裕」
「……」
どうする―――……って。
返事ができない俺に、智紀さんは目を細めて前を向いた。
「金閣寺とかよさそうじゃない?」
智紀さんの声と車が動き出す微音が重なる。
俺はまた返事ができなかった。
「せっかくの新年なんだし、初詣楽しもうよ」
「……京都は遠すぎだと思いますけど」
ようやく言えたのはそんなこと。
「たまにはハメ外すのもいんじゃない?」
笑う智紀さんに俺も曖昧に笑い、自分の手を見下ろした。
俺は―――……助手席のドアに手をかけることもしなかった。
俺は―――別にこの人の隣にいるのが嫌なわけじゃない。
ただ、やっぱり、落ちつかないだけ、だ。
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