05 夾との出会い。


明るく染め上げ無造作にセットされた髪。
両耳にはいくつかのピアス。
着崩された制服。
わりと長身で顔立ちは整っている。
そして屋上のフェンスに背中を預け、その手には煙草。
校内はもちろん禁煙。
もとより生徒が吸っていいはずもない。
煙草とお酒は二十歳になってから―――、と思っていると眼光鋭い彼と目が合った。
眉間にしわを寄せる彼の名前は確か藤代夾(フジシロキョウ)。
わりと穏やかな校風のうちの学校で、素行が悪いと評判のいわゆる不良くん。
喫煙現場を俺は見てしまったわけだけど藤代は気にする様子もなくそのまま吸い続けている。
一瞬あった目もすぐに逸らされ俺の存在は空気にされたらしい。
俺も気にせずそのまま歩いていく。
と、また目が合う。
その目がどこかに行け、と言ってるのはわかる。
俺は気にせず藤代からほんの1メートルほど距離をあけフェンスにもたれた。

「煙草」

11月も中旬になって肌寒さがましていく空気の中に立ち上る紫煙。
この屋上は職員室や準備室などがある一角からは死角になっている。
もとより校舎は広いし、出入り禁止のはずのここで煙草を吸っていても見咎められることはないだろう。
誰も気づかない。
俺が藤代を見れば、俺の言葉にさらに眉間のしわを強く寄せ、視線を交差させる。
そんな藤代に営業スマイルで笑いかける。

「俺にもくれない?」

貰うわけだから、の笑顔。
手を差し出せば眉を寄せたまま藤代は眼光を強めた。

「舐めてんのか」
「ただ一服したいなーと思っただけだけど」
「生徒会長様が、か?」

へー、俺のこと知ってるんだ。
ちょっと意外で頬が緩んだ。

「そう。ちょっと吸いたい気分」

本音そのままに返事をしたつもりだけど、藤代は表情を崩すことはなかった。
警戒されているのがひしひし伝わってくる。
俺いいヤツなんだけどなー、と笑いかければ睨まれた。

「くれないの?」

初対面ではあるけど同じ学年、いわゆる同級生というやつだし、もうちょっとフレンドリーでもよくないかな。

「アンタが吸えるのかよ」

図々しく俺がまた手を差し出すと、胡乱な眼差しとともに薄く笑われる。

「さぁ?」

頻繁には吸いはしない。本当にごくまれに、吸いたくなる時がある。
それがいまというだけ。
まぁ、藤代が吸ってるのを見てなんとなくっていう方が多いけど。
藤代は俺の答えを鼻で笑って顔を背ける。
結局くれないらしい。
ケチだなー、とフェンスに後頭部預けて空を見上げると着信音が響きだした。
それは俺のじゃなく藤代のだ。

「―――ああ。わかった、すぐ行く」

藤代は喋りながら視線をちらりと校庭のほうへ向けた。
それを眼で追い、遠く正門に行きあたる。
はっきりとは見えないが正門に隠れキラリとなにか光った。
短いやり取りで電話を終えた藤代は咥えていた煙草を消そうとしているみたいで地面へ落としかけた。

「藤代くん」

それを制するように言えば、驚いたように顔を上げてきた。
俺が名前を知っていたことが意外だったんだろうか。
一歩二歩、近づいて俺は藤代の手から吸いかけの煙草を取った。

「消すならちょーだい」

驚いたままの藤代はそこでようやく我に返ったらしく、せっかく戻っていた眉根をまた寄せた。
普通にしてた方がカッコイイのにな。
もう半分ほどに短くなっていた煙草をぷかぷかふかす。

「……王子様だのって騒がれてる生徒会長様が煙草吸ってるのがバレたらどーなんだろうなぁ?」

じっと俺を見つめたあと藤代は不意に口角を上げる。
それはもしかすると脅しか嫌みとかなんだろうか。

「バレないよ。普段は学校じゃ吸わないから」
「いま吸ってんだろ」
「なに、藤代くんがチクっちゃうーとか?」
「だとしたら?」

正直煙草はたいしてうまくない。
大人になればうまいと感じるんだろうか。
とりあえずは紫煙をやたらと青い空に向かって吐き出し、藤代に笑い返しながら煙草を地面に落とした。
靴でそれを消して拾い上げる。

「別に、いいよ。言っても。ただ―――」

俺は藤代の手をとりその掌の上に吸殻を乗せた。
また眉間にしわがよってきてる。
さっきのクールな感じの笑い方カッコよかったのにな。

「俺と藤代の言い分、どっちを信じるかってわかりきってない?」

ちょっと意地悪な言い方になったけど、実際そうだろう。
俺は腐っても生徒会長だし、信頼関係が少しのことでほころびるような生活態度はとっていない。

「……お前、むかつくな」
「いい奴とはよく言われるよ」

藤代は舌打ちをしてもう何も言わずに屋上を出ていった。
シンとした屋上。
昼休みはもう残りわずか。
しばらくして見下ろす校庭にさっきまでここにいた藤代の姿があった。
足早に校門に向かう姿を眺める。
予鈴が鳴り始めたころ、正門の向こうに藤代が消えていき、その直後バイクが走り去っていくのが見えた。

「藤代―――夾、ね」

近寄りがたい雰囲気を醸し出した藤代の眼光を思い出す。

「強気な目がたまんないなー、なんて」

俺はドMか、とひとり呟いて―――。
ああいうのを押し倒すのも面白そうだよなー、なんて、俺ってドS?、なんてことを思いながら教室へと戻っていった。


これが俺と―――夾の出会いだった。

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